第1話 最高到達点 ~白転~ [4/4]
ロペスが打席に入り、バットを構えた瞬間——
球場全体の空気が、わずかに震えた。
きおは、ゆっくりと帽子のつばに触れる。
その動作だけで、観客席のざわめきが一段階静まる。
キャッチャーのラクランがサインを出す。
◆ 1球目
外角低め。
きおはわずかにうなずき、深く息を吸い込む。
実況席が息を呑む。
『さあ、まずは初球……!』
腕が振り下ろされる。
ボールは外角いっぱいへ吸い込まれるように伸び、
ストライクゾーンの端をかすめた。
審判の右手が鋭く上がる。
「ストライク!」
ロペスは動かない。
完全な見逃し。
球場がどよめく。
敵地なのに、歓声が漏れる。
「うおおおおおおお!!」
「今の取るのかよ!」
「いや、完璧だ……!」
実況席も興奮を隠せない。
『外角いっぱい!
これは……完璧なコントロールです!』
◆ 2球目
ラクランは高めの速球を要求する。
しかし、きおは首を振る。
もう一度、外角。
『おっと、首を振りましたね……!
これは……?』
きおはセットポジションに入り、
わずかに体をひねる。
投げた瞬間、
ロペスのバットが空を切った。
ブォンッ——!
空振り。
スコアボードに
0-2
の文字が灯る。
観客の声がさらに大きくなる。
「キーオー! キーオー! キーオー!」
敵地なのに、
まるでホームのような熱狂。
実況席は声を張り上げる。
『さあ、ツーストライク!
あと一球で……
きお選手は、前人未到の“全打者三球三振”を達成します!』
『こんな試合、二度と見られませんよ!
いや、今日が野球の歴史の終点かもしれない!』
◆ そして——3球目へ
きおは、ゆっくりと帽子のつばに触れる。
汗が一筋、頬を伝い落ちる。
観客席のざわめきが、
まるで海の波のようにうねり続けている。
実況席が息を呑む。
『時刻は——23時59分。
今日が終わる、その瞬間です……!』
『さあ……運命の三球目です……!』
ラクランがサインを出す。
きおは、ゆっくりと三球目に指をかけた。
その瞬間——
満員のスタジアムが、まるで息を止めたように静まり返った。
何万人もの観客がいるはずなのに、
音がひとつも聞こえない。
歓声も、ざわめきも、風の音すら消えた。
巨大な空間が、ひとつの心臓のように脈を止めた。
照明の光が、
きおの背中を縁取るように滲み始める。
投球動作に入る直前、
世界がわずかに“揺れた”。
——カチリ。
日付が変わる直前の秒針が、
どこかで鳴ったような気配。
次の瞬間、
視界の端から白い光が滲み出し、
スタジアムの輪郭をゆっくりと飲み込んでいく。
観客席が白に溶ける。
スコアボードが白に溶ける。
マウンドが白に溶ける。
最後に、
きおのシルエットだけが残り——
それすらも光に溶けていった。
完全な白。
音も、色も、温度もない。
やがて、
白い光が薄れていく。
視界に戻ってきたのは——
低い視界。
小さな手。
小学生時代の“きお”がそこにいた。




