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二刀流のタイムリーパー、最高の1試合を求めて ~何十年の果てに投げた、やり直さない一球~  作者: とまCo
第6話 ラクラン・リード

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第10話 マイナー初登板

 試合当日の朝。

 きおは、まだ薄暗い球場に立っていた。


 マイナーの球場は、メジャーのような華やかさとは無縁だ。

 観客席は小さく、芝はところどころ剥げ、フェンスは錆びている。

 それでも、きおの胸は高鳴っていた。


 (……今日、俺は投げるんだ)


 ラクランが隣でミットを肩に担ぎながら言った。


 「緊張してるか?」


 「ちょっとだけ。でも……楽しみの方が大きいです」


 ラクランは小さく笑った。

 その笑顔の裏で、きおの頭上に浮かぶ“寿命カウント”を確認する。


 昨日のブルペンでは、揺れが何度も起きた。

 そのたびに数字が減り続け、ラクランは胃が痛くなるほど不安だった。


 だが──


 (……日付を跨いだら戻ってる。ベース値は少し減ってるけど……まだ大丈夫だ)


 数字は寿命だと理解している。

 揺れの直後に減ることも知っている。

 ただ、揺れの正体が何なのかは分からない。

 きおは普通に投げているだけに見えるのに、寿命だけが異常に減る。


 (原因さえ分かれば……)


 だが、今は試合が始まる。


 ――――


 ブルペンに向かうと、見慣れない影が立っていた。


 「……監督?」


 マイナー監督が腕を組んで、ブルペンの前に立っていた。

 普段は試合前にここへ来ることなどほとんどない人物だ。


 「噂の新人を見に来た。どれほどのもんか、直接確かめたくてな」


 コーチが驚いたように眉を上げた。

 「監督、自分が見ておきますので……」


 「いや、今日は俺が見る」


 監督はきおをじっと見つめた。

 その目は、数字ではなく“球質”を見るタイプの目だった。


 ラクランは喉が乾くのを感じた。


 (……監督まで来たら、きおはもっと投げさせられる)


 ――――


 きおはマウンドに立ち、ラクランが構える。


 初球、ストレート。

 だが、指のかかりが甘い。


 (……直す)


 きおが意識を切り替えた瞬間、

 ラクランの視界が揺れた。

 空気が歪み、世界が跳ねる。


 (……まただ)


 揺れの直後、きおの寿命カウントが減る。

 その日中は戻らない。

 積み重なっていく。


 だが、きおは気づかない。

 ただ、修正したフォームで投げただけだ。


 ズバンッ。


 ミットに収まった瞬間、監督の目がわずかに見開かれた。


 「……今の、見たか?」


 コーチが慌ててスピードガンを見る。

 「え、ええ……でも、肩はまだ作ってないはずで……」


 監督はスピードガンではなく、きおの腕の振りと球の伸びを見ていた。


 「数字じゃない。球質が異常だ」


 ラクランはミット越しに監督の表情を盗み見た。


 (……まずい。監督が気づいたら、きおはもっと投げさせられる)


 監督は短く言った。


 「今日の相手なら、十分抑えられる。先発で行く」


 コーチが驚く。

 「監督、本気ですか?」


 「本気だ。あれは本物だ」


 きおは嬉しそうに目を輝かせた。


 「ありがとうございます!」


 ラクランは胸の奥が冷たくなる。


 (……今日も寿命が減る。でも……昨日みたいに日付を跨げば戻る。

  だから……まだ大丈夫だ。大丈夫なはずだ)


 ――――


 試合開始。


 初回、きおはマウンドに立つ。

 観客席はまばらだが、ざわつきが伝わってくる。


 「アジアの新入りが先発らしいぞ」

 「変な球投げるって噂の」


 きおは深呼吸した。


 (……大丈夫。直せばいい)


 初球、ストレート。

 タイミングが少しズレた。


 (戻す)


 揺れが走り、寿命カウントが減る。


 (また……!)


 きおは気づかず、修正したフォームで投げる。


 ズバンッ。


 打者は完全に振り遅れた。


 「速っ……!」

 「なんだ今の伸び」


 きおは嬉しそうに笑った。


 (……よし、狙い通り)


 ラクランは胸の奥が冷たくなる。


 (揺れの直後に寿命が減る……でも、揺れの正体が分からない。

  きおは普通に投げてるだけなのに……なんでだ)


 だが、止められない。

 きおは勝つために戻る。

 迷いなく、当然のように。


 揺れが連続し、寿命カウントが減り続ける。


 三者連続三振。

 観客席がどよめいた。


 「なんだあの新人……」

 「球が消えるみたいだぞ」


 きおはベンチに戻りながら、嬉しそうにラクランを見る。


 「ラクランさん、今のどうでした?」


 「……最高だよ」


 ラクランは笑った。

 だがその笑顔は、きおには見えないほど苦しかった。


 (……今日の分は、また夜に戻る。

  でも……ベース値が少しずつ減ってる。

  このまま続いたら……どうなるんだ)


 ――――


 三回、きおの打席が回ってきた。

 DHなしのリーグ。

 投手も打席に立つ。


 初球、外角の速球。

 きおは見送った。


 (……タイミングが遅い。直す)


 揺れが走り、寿命がまた減る。


 きおは何も知らず、修正したタイミングでスイングした。


 カキーン。


 打球は鋭くライト前へ抜けた。


 「ピッチャーがあんな打球打つか?」

 「なんだあいつ……」


 きおは嬉しそうに一塁ベース上で帽子を触った。


 (……直してよかった)


 ラクランは胸の奥が締めつけられる。


 (……今日の分は、また夜に戻る。

  でも……ベース値が少しずつ減ってる。

  このまま続いたら……どうなるんだ)


 ――――


 試合はきおの圧倒的な投球で進んだ。

 五回まで無失点、被安打ゼロ。


 だが、ラクランだけが知っていた。


 その裏で、きおの寿命がどれだけ減っているかを。


 (……守らないと。俺が、こいつを)


 試合後、監督がきおの肩を叩いた。


 「お前……本当にすごいな。次も先発だ」


 きおは目を輝かせた。


 「はい! もっと頑張ります!」


 ラクランはその笑顔を見て、胸が痛くなった。


 (……頑張らなくていい。もう十分だ。

  でも言えない……)


 きおはまだ知らない。


 ——揺れの正体も。

 ——寿命が減っている理由も。


 そしてその謎を抱えたまま、

 きおのマイナー生活は静かに加速していく。

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