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二刀流のタイムリーパー、最高の1試合を求めて ~何十年の果てに投げた、やり直さない一球~  作者: とまCo
第6話 ラクラン・リード

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第7話 球団会議 ~大人たちの判断~

 球団本部の会議室は、朝の光が差し込んでいるにもかかわらず、どこか薄暗かった。

 蛍光灯は古く、じりじりと低い音を立てている。

 壁のペンキはところどころ剥がれ、ホワイトボードは黄ばんでいた。

 万年下位の弱小球団らしい、疲れた空気が漂っていた。


 「……で、これが昨日のトライアウト映像だ」


 スカウトのひとりがノートPCをプロジェクターにつなぎ、再生ボタンを押した。

 画面に映るのは、きおの投球。あの、揺れの直後に質が変わる球。


 会議室にいる十数名のスタッフたちは、最初は半信半疑だった。

 だが、スライダーがミットに吸い込まれた瞬間、ざわりと空気が揺れた。


 「……なんだ、この曲がり方は」

 「球速は平凡だが、質が異常だ」

 「うちの分析班でも説明できんぞ」

 「いや、そもそもこれ……どうやって投げてる?」


 弱い球団の会議は、いつもはもっと静かだ。

 予算の話、補強の失敗、育成の遅れ。暗い話題ばかりが並ぶ。


 だが今日は違った。

 映像の中のきおが、彼らの沈んだ空気を一瞬で変えていた。


 ラクランは黙って映像を見つめていた。

 彼だけが知っている。

 ——あの球の裏で、きおの寿命が削れていたことを。


 「この子、いくつだ?」

 「十八。高校卒業したばかりだそうです」

 「十八でこの球……?」


 スカウトたちの声には、驚きと興奮が混ざっていた。

 弱い球団にとって、こういう“掘り出し物”は希望そのものだ。


 「契約金は?」

 「ほとんどかかりません。ドラフト外ですし、本人も条件にこだわりはないようで」

 「……いいな。うちは金で勝てない。こういう選手を拾うしかない」


 球団幹部のひとりが、深くうなずいた。

 その言葉には、長年の苦労と諦めが滲んでいた。


 「で、ラクラン。お前はどう見た?」


 突然名前を呼ばれ、ラクランはわずかに姿勢を正した。

 映像の中のきおの投球が、脳裏に焼き付いている。


 (……揺れの直後に、数字が削れた)


 言えるはずがない。

 寿命が見えるなんて、誰にも言えない。


 ラクランは短く答えた。


 「……球質は、本物です」


 会議室が静まり返った。

 ラクランの言葉には、捕手としての重みがある。


 「本物、か」

 「ラクランがそう言うなら間違いないな」

 「よし、契約だ」


 決定はあっけないほど早かった。

 弱い球団は、迷っている余裕がない。


 「すぐにマイナーに送る。あの球なら、実戦で試す価値がある」

 「AAかAAAか……どっちに置く?」

 「AAAだろう。うちは投手が足りてない」


 ラクランは胸の奥がざわつくのを感じた。


 (……AAA? いきなり?)


 だが、きおの球質なら不思議ではない。

 問題は、球質ではない。


 ——寿命だ。


 揺れの直後に削れ、0時に戻る。

 自然の清算サイクルとは明らかに異なる動き。


 (……このままじゃ危ない)


 だが、言えない。

 言えるはずがない。


 「ラクラン、お前も同行してくれ」


 幹部の声に、ラクランは顔を上げた。


 「捕手として、あの子を見てほしい。うちの未来がかかってる」


 未来。

 その言葉が、妙に重く響いた。


 「……分かりました」


 ラクランは静かに答えた。


 「それと——」


 別の幹部が口を開いた。


 「9月のロースター拡大で、メジャーに上げる可能性もある」


 会議室がざわついた。


 「さすがに早すぎるだろ」

 「いや、うちは下位だ。若手を試すにはちょうどいい」

 「ファンも喜ぶ。希望が欲しいんだ」


 ラクランは息を呑んだ。


 (……9月に、メジャー?)


 きおの寿命の削れ方を思い出す。

 あのまま投げ続ければ、いつか——。


 だが、球団はそんなこと知るはずもない。

 彼らに見えているのは、きおの“才能”だけだ。


 「以上だ。契約の準備を進めろ」


 会議はあっさりと終わった。

 弱い球団の決断は、いつも早い。

 迷っている余裕がないからだ。


 スタッフたちが席を立ち、会議室から出ていく。

 ラクランはひとり、しばらく席に残った。


 (……きお。お前は、普通じゃない)


 映像の中のきおの投球が、何度も脳裏に再生される。

 揺れ。

 削れた寿命。

 戻る数字。


 自然の枠に収まらない存在。


 (……見届けるしかない)


 ラクランは立ち上がり、会議室を後にした。


 その頃、きおのスマートフォンには、

 まだ知らない番号から着信が入ろうとしていた。

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