第5話 トライアウト ~実戦テストと最終判断~ [4/4]
翌日の朝、きおは球団施設の前に立っていた。
空気はすでに温かく、夏の匂いが混じっている。
昨日よりも日差しが強い。
胸の奥がざわつく。
——今日は、打者が立つ。
ブルペンとは違う。
相手がいる。
打たれるかもしれない。
失敗するかもしれない。
でも、それ以上に——
きおは“投げたい”と思っていた。
施設の扉が開き、ラクランが出てきた。
「来たな、きお」
その声はいつも通り落ち着いていたが、
ラクランの視線は昨日よりも鋭かった。
——昨日より……数字が“増えている”。
ラクランの視界の奥に浮かぶ“残り時間の層”が、
昨日よりも明らかに長く見える。
本来、そんなことは起こり得ない。
(……どういうことだ?
昨日の“揺れ”と関係があるのか?)
理由は分からない。
ただ、きおの周囲には説明できない違和感がある。
ラクランは表情を変えず、ミットを肩に担いだ。
「今日も俺が捕る。
……投げれば分かる」
きおは頷いた。
* * *
実戦形式のテストは、室内練習場で行われた。
マウンドと打席。
ネットで囲まれた簡易フィールド。
コーチ陣が三人、スカウトが二人。
そして、打者が三人。
全員がきおを見ていた。
「きお。
まずはストレートで入ってくれ。
打者はスイングしてくる。
実戦だと思って投げろ」
きおはマウンドに立つ。
足の裏の感触。
乾いた空気。
ラクランの構えるミット。
——大丈夫。投げられる。
* * *
一人目の打者。
右の強打者。
きおは深呼吸し、足を上げた。
その瞬間、ラクランの視界の奥で空気の層が“ずれた”。
——まただ。
ずれた直後、数字が“揺らぐように変動”した。
(揺れと数字の変化……やはり関連がある)
だが、口には出さない。
きおは腕を振り下ろした。
ミットが鳴る。
打者は振らなかった。
「ストライク!」
二球目。
三球目。
打者は二球とも空振りした。
「……なんだこの球」
「伸びが……おかしい」
コーチ陣がざわつく。
ラクランはミットを構えたまま、
きおの腕の振りをじっと見ていた。
(……揺れの後の球は、質が変わる)
* * *
二人目の打者。
左の中距離打者。
「変化球も混ぜていい。
実戦のつもりでいけ」
きおは頷いた。
だが、指先が震えていた。
——落ちたら終わりだ。
——三振を取りたい。
——最高の球を投げたい。
きおは一瞬だけ、世界を巻き戻した。
ラクランの視界が“揺れ”、数字が“乱れる”。
(……変化球でも起きるのか?)
戻った世界で、きおはスライダーを投げた。
鋭く落ち、打者は空振りした。
「……昨日よりキレてるぞ」
「なんだこの変化……」
コーチ陣がざわつく。
ラクランはミットを構えながら、
きおの指の動きと腕の振りを観察した。
(揺れ → 球質の向上 → 数字の変化。
偶然じゃない……)
* * *
三人目の打者。
左の強打者。
スイングが鋭い。
きおはストレートを選んだ。
足を上げ、腕を振り抜く。
——カンッ。
乾いた音が響き、打球がネットに突き刺さる。
「……っ!」
きおの心臓が跳ねた。
——打たれた。
——落ちる。
——終わる。
反射的に、きおは世界を巻き戻した。
ラクランの視界が“揺れ”、数字が“大きく乱れた”。
(……まただ。揺れの直後に数字が……)
戻った世界では、打者はまだ構えている。
きおはスライダーを選んだ。
最高の変化が出るまで、ほんの数秒の中で微調整を繰り返す。
足を上げ、腕を振る。
ボールは鋭く落ち、
打者は空振りした。
「……さっきと全然違うぞ」
打者が驚いたように呟く。
コーチ陣もざわついた。
「変化量が……異常だ」
「同じスライダーか?」
「いや、質が跳ね上がってる……」
その瞬間、ラクランの視界には
数字が“急激に減るような動き”を見せた。
——……危ない。
ラクランは思わず息を呑んだ。
きおは気づいていない。
自分が“寿命を削って”投げていることに。
ラクランはミットを外し、きおに歩み寄った。
「……きお」
きおは息を切らしながら顔を上げた。
「はい……」
ラクランは短く言った。
「お前の球……好きだ」
その言葉は、
きおの胸の奥に深く刺さった。
* * *
実戦テストが終わると、
きおは別室に呼ばれた。
コーチ陣とスカウトが並んで座っている。
「きお。
今日の投球……素晴らしかった」
コーチが言った。
「球速、球質、コマンド、変化球。
どれも高いレベルにある。
そして——実戦での対応力が高い」
きおは驚いた。
「対応力……?」
「状況を見て球種を変えられる。
迷わない。
修正が早い。
これは才能だ」
ラクランが横で静かに頷いた。
「きおは……強い」
スカウトが書類を閉じた。
「結論だ。
きお、お前を契約候補として球団会議に提出する」
きおは息を呑んだ。
「……!!」
「そうだ。
明日、正式な判断が下る。
契約となれば、メディカルチェック本番に進む」
ラクランが言った。
「また、明日な!、きお! 」
その言葉に我に返った、
(……ぼくは、ここにいていいんだね)
少年期の終わりと、
新しい人生の始まりが、
はっきりと形を持った瞬間だった。




