第5話 トライアウト ~個別ワークアウト~ [3/4]
午後の太陽はさらに強くなり、球団施設の影が濃く伸びていた。
きおはスタッフに案内され、午前とは別のブルペンへ向かった。
午前の喧騒とは違い、ここは静かで、空気が張りつめている。
——ここが、本当のテストなんだ。
胸の奥がじんと熱くなる。
ブルペンにはすでにラクランがいた。
午前と同じようにミットを肩に担ぎ、壁にもたれている。
だが、午前とは違う。
その視線は、きおを“選手として”見ていた。
「来たか、きお」
ラクランは短く言った。
その声は落ち着いていたが、どこか探るような色があった。
午前の投球で感じた“違和感”を、まだ整理できていないのだろう。
きおは軽く会釈した。
「よろしくお願いします」
英語ではない。
でも、ラクランは頷いた。
「投げれば分かる」
その言葉に、きおの胸が少し熱くなった。
* * *
ブルペンの奥には、コーチ陣が三人。
レーダーガン、タブレット、ノート。
全員がきおを真剣に見ている。
「午前の球速は本物かどうか、確かめたい。
まずはストレートを十球だ」
コーチの声は淡々としていたが、期待が混じっていた。
きおは頷き、マウンドに立つ。
足の裏の感触。
乾いた空気。
ラクランの構えるミット。
——大丈夫。投げられる。
足を上げ、腕を振り下ろす。
ミットが鳴る。
「……八十七」
コーチが呟く。
二球目。
三球目。
四球目。
「八十八」
「八十七」
「八十九」
球速は安定していた。
ラクランはミットを構えたまま、きおの腕の振りをじっと見ている。
——寿命の数字が……揺れてる。
きおが投げるたびに、ラクランの視界の奥で数字が跳ねる。
だが、午前よりも“揺れ幅”が小さい。
(……午前ほど戻してない、ってことか?)
ラクランは眉をひそめた。
だが、表情には出さない。
「次、変化球だ」
コーチの声で、きおは息を整えた。
「スライダー、カーブ、チェンジアップ。
投げられる球種を全部見せてくれ」
きおは頷く。
スライダー。
カーブ。
チェンジアップ。
どれも完璧ではない。
でも、投げられる。
ラクランは捕球しながら、きおの指の動き、手首の角度、リリースの瞬間を細かく観察していた。
——変化球のときは、揺れが出ない。
ラクランは気づいた。
ストレートのときだけ、寿命の数字が跳ねる。
変化球では揺れない。
(……どういう仕組みだ?)
だが、口には出さない。
「次、コマンドを見たい。
インロー、アウトロー、インハイ、アウトハイ。
順番に投げてくれ」
コーチが指示を出す。
きおは頷き、狙いを定める。
——ここは、戻さない。
きおはそう決めた。
能力に頼らず、今の自分の力で投げる。
インロー。
アウトロー。
インハイ。
アウトハイ。
完璧ではない。
でも、外しすぎることもない。
「……悪くない」
コーチが呟いた。
ラクランはミットを外し、きおに歩み寄った。
「きお。
お前のストレート……面白いな」
きおは少し戸惑った。
「お、面白い……?」
ラクランは短く頷いた。
「球質がいい。
回転が素直で、伸びる。
それに……」
言いかけて、ラクランは口を閉じた。
——寿命が跳ねる、なんて言えるわけがない。
代わりに、野球の言葉に置き換えた。
「……タイミングが独特だ。
捕りやすいようで、捕りにくい」
きおは意味が分からず、少し笑った。
ラクランもわずかに口元を緩めた。
「悪い意味じゃない。
俺は……好きだ」
その言葉に、きおの胸が熱くなる。
——ぼくの球を、好きだって……?
そんなことを言われたのは初めてだった。
* * *
ワークアウトの最後に、簡易メディカルが行われた。
肩の可動域。
肘の角度。
筋肉の張り。
痛みの有無。
トレーナーが淡々とチェックしていく。
「問題なし。
むしろ柔らかい。
この年齢でこの肩は……珍しいな」
コーチ陣が頷き合った。
「きお。
明日、実戦形式のテストをやる。
打者相手に投げてもらう」
きおは息を呑んだ。
「……ぼくが?」
「そうだ。
お前は……最終候補だ」
ラクランが横で静かに言った。
「明日も俺が捕る。
きお、お前の球……もっと見たい」
その言葉は、
きおの胸の奥に深く刺さった。




