第3話 開花と実験 ~ズルとテスト~ [5/5]
日付を跨げないという“境界”を知った翌日、きおは学校の机に座っていた。
今日の三時間目は算数のテスト。
四十分。
クラスのみんなが嫌がる時間。
でも、きおの胸は、なぜか少しだけワクワクしていた。
——テストって……戻ったらどうなるんだろう。
昨日の夜、境界を知ったときは少し落ち込んだ。
でも、今日になってみると、きおの頭の中には別の考えが浮かんでいた。
——四十分のテストなら、四十分分の“経験”を積んでから戻れば……?
胸の奥がじんわりと熱くなる。
「始めてください」
先生の声と同時に、教室の空気がぴんと張りつめた。
きおは問題用紙をめくった。
分数の計算。
文章問題。
図形。
最後のページには、ちょっと難しそうな応用問題。
「……ふむ」
きおは鉛筆を持ったまま、問題をじっと見つめた。
——まずは全部読んで、覚えよう。
きおは一問ずつ、丁寧に読み進めた。
分からないところは、何度も読み返した。
文章問題は、頭の中で状況を想像しながら理解した。
時間はどんどん過ぎていく。
でも、きおは焦らなかった。
——どうせ戻るんだから。
四十分が経ち、先生が言った。
「はい、そこまで。鉛筆を置いてください」
きおは問題用紙を見つめた。
全部は解けなかった。
でも、全部“覚えた”。
——次は、教科書で調べよう。
休み時間、きおはランドセルから教科書を取り出し、さっきの問題を一つずつ調べた。
「あ、これってこういう意味だったんだ……」
「この式、こうやって変形するのか……!」
「この図形、ここを見れば分かるんだ!」
理解がどんどん深くなる。
頭の中で、問題の答えが自然に浮かぶようになっていく。
——よし。
きおは席に座り、深呼吸をした。
——四十分のテストと、休み時間の十分。
——あわせて五十分。
「三十秒を……百回戻ればいいんだ」
胸の奥がじんわりと熱くなる。
きおは意識を集中させた。
「戻れ」
そして——百回目。
「戻れ!」
ヒュッ。
世界が揺れた。
戻った瞬間、きおは教室にいた。
テスト開始の直前。
先生が問題用紙を配っているところ。
「始めてください」
きおは鉛筆を握りしめた。
——全部、覚えてる。
問題をめくる。
頭の中に、さっき読んだ内容がそのまま浮かぶ。
分数の計算は、手が勝手に動く。
文章問題は、状況がすぐに理解できる。
図形の問題は、どこを見ればいいか分かる。
応用問題も、教科書で調べた内容がそのまま答えにつながった。
「……できた……!」
きおは思わず小さくガッツポーズをした。
——これ、天才じゃん!
胸の奥が熱くなる。
きおは調子に乗って、問題をもう一度解き直した。
戻って、また解いて、戻って、また解いて。
ヒュッ。
ヒュッ。
ヒュッ。
世界は何度戻っても安定していた。
きおの意識だけが進んでいく。
何度も繰り返すうちに、きおは気づいた。
——あれ? 戻らなくても解けるようになってる……。
最初は“ズル”をしようとしていた。
でも、何度も読み、何度も調べ、何度も解き直すうちに、
きおの頭の中には“本物の理解”が積み重なっていた。
「……ズルしたつもりが……ぼく、ちゃんと勉強してる……?」
胸の奥が、じんわりと温かくなった。
テストが終わり、きおは教室を出た。
外の空気が気持ちいい。
——もっと難しい問題も、できるかな。
きおは自分で新しい問題を作ってみた。
分数をもっと複雑にしたり、文章問題を長くしたり。
それを解いて、戻って、また解いて。
できるようになるたびに、胸が熱くなった。
「……勉強って、こんなに楽しかったっけ……?」
きおは笑った。
——じゃあ、勉強以外でも……もっと難しいことができるのかな。
胸の奥が、また熱くなる。
きおは森へ向かう道を歩きながら、
今日の実験の続きを考えていた。
でも、きおは気づかなかった。
戻った後の森は、ほんの少しだけ“違っていた”。
風の流れが、昨日と違う。
木々の揺れ方が、ほんの少しだけズレている。
鳥の鳴き声が、微妙に変わっている。
きおは気づかない。
——世界が、ほんの少しだけ揺らぎ始めていた。




