第3話 開花と実験 ~境界~ [4/5]
十分前まで戻れるようになったあとも、きおの胸の熱は冷めなかった。
——じゃあ……もっと大きく戻ったらどうなるんだろう。
その疑問が、頭から離れなかった。
きおは時計を見つめた。
針は静かに進み、デジタルの数字が淡く光っている。
「……一時間とか……戻れるのかな」
胸の奥がじんわりと熱くなる。
——三十秒を二十回で十分。
——三十秒を百二十回で一時間。
計算は単純だ。
やることも単純だ。
「よし……一時間、戻ってみよう」
きおは深呼吸をして、意識を集中させた。
「戻れ!」
ヒュッ。
三十秒戻る。
戻った瞬間、きおはすぐに次の操作をした。
「戻れ!」
ヒュッ。
二回目。
三回目。
四回目。
きおは淡々と、しかし確実に積み重ねていった。
十回目。
二十回目。
三十回目。
世界は何度戻っても安定している。
風の流れも、光の粒も、鳥の声も、全部同じように戻る。
四十回目。
五十回目。
六十回目。
きおは途中で笑い出した。
「なんか……ほんとにゲームみたいだ……!」
七十回目。
八十回目。
九十回目。
そして——百二十回目。
「戻れ!」
ヒュッ。
世界が揺れた。
戻った瞬間、きおは時計を見た。
針は——一時間前に戻っていた。
「……できた……!」
きおは思わずその場に座り込んだ。
「一時間……戻った……!」
胸の奥が熱くなり、手が震える。
——ぼく、ほんとにすごいことしてる。
その実感が、きおの胸に静かに広がっていく。
きおは空を見上げた。
木々の隙間から光がこぼれ、風が葉を揺らしている。
「……じゃあ……昨日にも戻れるのかな」
その瞬間、胸の奥が強く脈打った。
昨日に戻れたら、なんでもできる。
宿題も、失敗も、全部やり直せる。
もっとすごいことだってできる。
でも、今はまだ昼だった。
昨日に近づくには、まず“日付が変わる瞬間”に自分を置く必要がある。
きおは家に帰り、時計を見つめながら決意した。
「……夜更かししよう」
胸の奥がじんわりと熱くなる。
——日付が変わったらすぐ戻れば、昨日に届くかもしれない。
きおは布団に入らず、机に向かって時計を見つめ続けた。
秒針が進む音が、やけに大きく聞こえる。
22時。
23時。
23時30分。
眠気が襲ってくる。
でも、きおは目をこすりながら時計を見続けた。
「……あと少し……」
23時59分。
デジタル時計の数字が、ゆっくりと変わろうとしている。
きおの心臓がドクンと鳴った。
「……0時になったら、すぐ戻る……!」
秒針が最後の一周を終えようとしていた。
きおは息を止めた。
——カチッ。
0:00。
日付が変わった。
きおはすぐに意識を集中させた。
「戻れ!」
ヒュッ。
世界が揺れた。
戻った瞬間、きおは時計を見た。
0:00。
「……あれ?」
きおは瞬きをした。
「戻れ!」
ヒュッ。
世界が揺れる。
でも、時計は——0:00のまま。
「……なんで……?」
きおはもう一度、強く思った。
「戻れ!!」
ヒュッ。
世界が揺れる。
空気が震える。
光が一瞬だけ薄くなる。
しかし、時計は——微動だにしなかった。
0:00。
そこから先へは、絶対に動かない。
きおは息を呑んだ。
「……昨日には……戻れない……?」
胸の奥がざわつく。
きおは何度も試した。
「戻れ!」
「戻れ!!」
「戻れ!!!」
ヒュッ。
ヒュッ。
ヒュッ。
世界は揺れる。
でも、時計は——0:00のまま。
きおはゆっくりと手を下ろした。
——今日の中なら、どこまででも戻れる。
——でも、日付を跨ぐことはできない。
その理解が、きおの胸にすとんと落ちた。
「……境界……なんだ」
きおは静かに呟いた。
昨日には戻れない。
今日の中でしか戻れない。
でも——
胸の奥が、また熱くなった。
「じゃあ……今日の中で、どこまでできるんだろう」
きおは窓の外を見た。
真夜中の静けさの中で、世界が広がっているように見えた。
——境界は分かった。
——でも、その中なら、まだまだできることがある。
きおは拳を握りしめた。




