第6話 同行しないという選択
集落の空気は、重かった。
焚き火は灯っている。人もいる。だが、どこか一線を引いたような沈黙が流れていた。英雄は、その中心に立つことを避け、少し離れた場所で腕を組んでいた。
グレンは、包帯を巻き直している。
血は止まっていたが、顔色は良くない。
「……死ぬほどじゃない」
ぶっきらぼうに言うが、痛みを隠しているのは明らかだった。
「世界の修正に、巻き込まれたな」
英雄の言葉に、グレンは鼻で笑った。
「そういう言い方すると、俺が運悪かっただけみたいだ」
「違う」
英雄は、はっきり否定した。
「俺が、やった」
周囲が、ざわつく。
聖女候補の少女が、不安そうに英雄を見る。
案内役の少女は、黙って状況を見守っていた。
「……役割を壊した」
英雄は続ける。
「その反動で、世界が帳尻を合わせた。代償を払ったのは、俺じゃない」
沈黙。
グレンは、しばらく俯いていたが、やがて立ち上がった。
「で?」
「……謝罪は、しない」
英雄の声は低い。
「俺がやろうとしていることは、これからも誰かを巻き込む」
だから、と。
「同行は勧めない」
グレンは、一瞬だけ目を見開き――笑った。
「正直だな」
「嫌われても構わん」
「いや、そういうところだ」
グレンは、英雄に近づく。
「俺が、勇者になれなかった理由、分かるか」
「……」
「選べなかったからだ」
グレンは言った。
「命令された通りに戦って、死ぬ予定だった。疑問を持つ前に終わるはずだった」
彼は、自分の胸を指で叩く。
「でもな。あんたを見て、初めて思った」
――選べた、と。
「だから、俺はここに残る」
英雄は、目を伏せた。
「……いいのか」
「いい」
即答だった。
「世界を敵に回す覚悟はない。でも、もう誰かの物語の駒にもなりたくない」
グレンは、集落を見渡す。
「ここは、俺みたいな奴らの居場所だ。誰かが守らなきゃ、すぐ消える」
英雄は、理解した。
これは逃げではない。
戦い方の違いだ。
「……感謝する」
「礼はいい」
グレンは、少しだけ表情を緩める。
「その代わり」
英雄を真っ直ぐ見据え。
「二度と、勝手に決めるな」
言葉が、重く落ちた。
「選ばせるって言っただろ。なら、俺の選択も尊重しろ」
英雄は、深く頷いた。
「ああ」
そのやり取りを、案内役の少女が静かに見ていた。
「……いい別れ方だね」
「別れ、か」
「そう。同行しないって、立派な別れ」
彼女は、小さく息を吐く。
「全員を連れて行く物語は、だいたい嘘になる」
英雄は、その言葉を否定しなかった。
聖女候補の少女が、勇気を振り絞ったように前に出る。
「あの……」
英雄が視線を向ける。
「私は……どうすれば……」
英雄は、少し考えた。
「……ここに残るのも、行くのも、選べ」
少女は、唇を噛みしめ、やがて答える。
「……考えます」
「それでいい」
英雄は、背を向けた。
案内役の少女が、隣に並ぶ。
「行くの?」
「ああ」
「次は?」
「……女神の代理人が動くだろう」
少女は、口角を上げる。
「ようやく、表の世界と本格的にぶつかるね」
英雄は、振り返らなかった。
背後で、グレンの声がする。
「生き残れよ、異物」
英雄は、手を挙げて応えた。
失敗作たちの居場所から、一歩離れる。
同行しないという選択。
それは、別れであり、尊重であり。
この物語が“都合のいい英雄譚”ではないことを、
世界に示す最初の証明だった。
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