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世界を救った英雄は処刑された ~役目を終えた俺は、世界のシナリオを止めてやり直す~  作者: 天城ハルト


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6/21

幕間 勇者は、正しいはずの剣を握れなかった

 勇者は、眠れていなかった。


 王都の私室。豪奢な天蓋付きの寝台に横たわっても、意識は浅い。瞼を閉じるたび、あの処刑台の光景が蘇る。


 ――目を逸らした自分。

 ――振り下ろされた剣。

 ――何も言わなかった民衆。


 勇者は、ゆっくりと身を起こした。


 壁に立てかけられた聖剣が、淡く光っている。女神の祝福を受けた、世界で唯一の“正しい剣”。魔王を討ち、世界を救った証。


 そのはずだった。


「……」


 勇者は、剣に手を伸ばし――止めた。


 理由は分からない。だが、触れてはいけない気がした。


(おかしい)


 これまで、迷ったことはなかった。

 剣を抜くべき時は抜けた。

 斬るべき敵は、斬れた。


 女神の声が、いつも導いてくれたからだ。


『勇者よ』


 その声が、今も聞こえる。


『あなたは正しい』

『あなたの選択は、世界のため』


 勇者は、額を押さえた。


「……本当に?」


 誰に向けた問いでもない。

 だが、その瞬間。


 聖剣の光が、僅かに揺らいだ。


「……っ」


 勇者は、はっきりと感じた。


 ――何かが、欠けている。


 処刑の後。

 世界は確かに“安定”しているはずだった。


 英雄は不要。

 物語は完結。

 次の時代へ。


 それなのに。


(なぜ……重い)


 胸の奥が、妙にざわつく。

 剣を握る手が、わずかに震える。


 勇者は、部屋を出た。


 廊下には、夜番の兵士が立っている。

 彼らは敬礼し、勇者を讃える。


「勇者様」

「世界を救ってくださり、ありがとうございます」


 その言葉が、突き刺さる。


 勇者は、思わず問うていた。


「……救われた、と。そう思うか」


 兵士は、戸惑いながらも頷く。


「は、はい。もちろんです」


「犠牲は?」


「……必要な犠牲だったと」


 勇者は、それ以上何も言えなかった。


 自分も、同じ答えを出したからだ。


 ――必要だった。

 ――正しかった。


 そう、思わなければ。


 部屋に戻ると、聖女が待っていた。


「眠れませんでしたか」


 彼女は、穏やかな声で言う。


「……君は」


 勇者は、言葉を探す。


「祈ったのか」


「ええ」


「何を?」


 聖女は、一瞬だけ沈黙し、答えた。


「世界の安定を」


 勇者は、目を伏せた。


「……彼のためには?」


 聖女の指が、僅かに震えた。


「……祈りました」


 だが、その声は弱い。


 勇者は、確信した。


 ――誰も、彼を選ばなかった。


 世界のために。

 物語のために。


 勇者自身も。


 その夜。

 勇者は、初めて夢を見た。


 夢の中で、英雄は処刑台に立っていない。

 剣も、血もない。


 ただ、こちらを見ていた。


『――選べ』


 声は、聞こえなかった。

 だが、確かにそう言われた気がした。


 勇者は、叫ぼうとして――声が出ない。


 目を覚ますと、朝だった。


 聖剣の光は、以前よりも弱い。


『勇者よ』


 女神の声が、どこか遠い。


『迷ってはなりません』

『あなたは、正しい』


 勇者は、剣を握る。


 だが。


(……握れていない)


 力を込めているはずなのに。

 剣が、以前のように“応えない”。


 勇者は、初めて理解した。


 英雄がいなくなった世界は、

 確かに安定している。


 だが。


 ――正しさだけでは、立っていられない。


 そのことを。


 まだ、誰も気づいていなかった。


本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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