第5話 選ばせた結果
焚き火の音が、静かに弾けていた。
失敗作たちの集落は、夜という概念を持たない。それでも、人々は“区切り”として火を囲む。そこに集まることで、自分たちがまだ個として存在していると確認できるからだ。
英雄は、焚き火の少し外に立っていた。
視線の先には、聖女候補の少女がいる。膝を抱え、祈るように目を閉じていた。だが、祈りはどこにも届かない。ここは、女神の管理外だ。
(それでも、やめられないか)
英雄は、胸の奥が僅かに軋むのを感じた。
「……ねえ」
声をかけたのは、案内役の少女だった。
「やるつもり?」
「分からない」
「嘘」
彼女は即座に言い切る。
「もう見えてるでしょ。あの子の“線”」
英雄は、否定しなかった。
見えている。
聖女候補の少女に絡みつく、細く、今にも切れそうな役割。
――聖女。
――祈る者。
――選ばれなかった存在。
その線は、ここに来てもなお、彼女を縛っていた。
「壊せば、楽になる」
案内役の少女は、静かに言う。
「役割を失えば、期待も、罪悪感も、全部消える」
「……それは」
「優しさでもあるよ」
英雄は、答えなかった。
代わりに、一歩踏み出す。
聖女候補の少女の前に立ち、しゃがみ込む。
「君に聞く」
少女は、驚いたように目を開けた。
「……な、なに?」
「祈るのをやめたいか」
一瞬。
少女の瞳が、揺れた。
「……分かりません」
震える声。
「やめたら、私、何になるのか……」
英雄は、静かに頷いた。
「それでいい」
そして。
彼は、その“線”に手を伸ばした。
――否定。
たったそれだけの意思。
世界が、きしんだ。
焚き火の火が、一瞬で掻き消える。
空間が歪み、音が遅れて届く。
『警告』
『役割干渉を確認』
『局所修正を開始』
どこからともなく、無機質な声が響く。
「……っ!」
案内役の少女が歯を食いしばる。
「やっぱり……早い!」
だが、英雄の手は止まらない。
聖女候補の少女に絡みついていた“線”が、音を立てて切れた。
少女の体から、力が抜ける。
「……え?」
彼女は、自分の手を見つめる。
「胸が……軽い……?」
その瞬間。
集落の外で、悲鳴が上がった。
「なっ……!」
英雄が振り返る。
グレンが、地面に膝をついていた。
片腕を押さえ、血が指の隙間から流れている。
「……おい、冗談だろ……」
彼の背後。
空間が、強引に“修正”された痕跡があった。
誰かの役割が消えた分。
別の誰かに、“重さ”が押し付けられた。
「……世界が、帳尻を合わせた」
案内役の少女が、低く呟く。
「役割は消せる。でも、世界は“空白”を嫌う」
英雄は、息を呑んだ。
(俺は……)
聖女候補の少女は、状況を理解できていない。
ただ、自分が楽になったことだけを感じている。
「……ごめ、んなさい……?」
彼女の謝罪が、胸に刺さる。
英雄は、拳を握りしめた。
「……俺は」
選ばせたつもりだった。
だが、それは本当に“選択”だったのか。
案内役の少女が、英雄の肩を掴む。
「見るべきもの、見たでしょ」
「……ああ」
「これが、あんたの力」
彼女は、真剣な目で言った。
「世界を救う力じゃない。壊す力でもない」
一拍置いて。
「――誰かに、代償を払わせる力」
英雄は、ゆっくりと頷いた。
「……覚えておく」
焚き火は、再び灯される。
だが、先ほどよりも小さく、弱々しい。
失敗作たちの居場所で。
英雄は初めて、自分の力が“正解ではない”ことを理解した。
それでも。
それでもなお、進むしかないのだと。
選ばせるという呪いを抱えたまま。
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