第4話 失敗作たちの居場所
第4話 失敗作たちの居場所
世界の裏側は、静かだった。
英雄と少女は、歪んだ空間の奥へと進んでいく。道と呼べるものはなく、ただ“進めると理解した方向”へ歩いているだけだ。それでも、不思議と迷うことはなかった。
「ここから先はね」
少女が前を歩きながら言う。
「完全に女神の視界外。管理も修正も、基本的には入らない」
「基本的には、か」
「例外はあるよ。あんたみたいなのが増えた場合とか」
英雄は苦笑する。
「歓迎されていないわけだ」
「そりゃそうでしょ。物語を壊す存在なんて、管理者から見たらバグの塊だもん」
空間の色が、わずかに変わった。
曖昧だった景色に、輪郭が生まれていく。
建物のようなもの。
地面らしきもの。
そして――人影。
「……人がいるな」
「いるよ。失敗作は、あんただけじゃない」
少女は、少しだけ歩調を緩めた。
「ただし、全員が無事ってわけじゃない。壊れた人もいる。諦めた人も。何も考えなくなった人も」
「それでも、集まっている理由は?」
「一人でいると、消えやすいから」
英雄は、その言葉の重さを理解した。
やがて、簡素な集落のような場所に辿り着く。
石と布を組み合わせただけの粗末な建物が点在し、焚き火のようなものが淡く光っていた。
人々は多くない。
だが確かに、“生きている気配”がある。
英雄が足を踏み入れた瞬間。
視線が、一斉に集まった。
警戒。
疑念。
そして、わずかな希望。
「……新入り?」
低い声が響いた。
焚き火のそばに立っていたのは、若い男だった。
鎧は傷だらけで、片腕には包帯。だが、その目は鋭い。
「そう」
少女が答える。
「しかも、かなり厄介なやつ」
「へえ」
男は英雄を値踏みするように見つめる。
「どんな役割だ」
「元・英雄」
その言葉に、空気が凍った。
ざわり、と小さなどよめきが走る。
「……冗談だろ」
「本当だよ」
少女は肩をすくめる。
「処刑済み。世界から削除。おまけに、自覚あり」
男は舌打ちした。
「最悪の肩書きだな」
「同感だ」
英雄は、静かに答える。
「ここは?」
「居場所のない奴らの溜まり場だ」
男は、ぶっきらぼうに言った。
「勇者になれなかった奴。魔王になる前に逃げた奴。英雄の影で死ぬはずだった兵士」
そして、焚き火の向こうを指差す。
「役割を押し付けられて、拒んだ連中の墓場」
英雄は、その光景を見渡した。
誰もが、何かを失った顔をしている。
「……名前は?」
「グレン」
「俺は――」
英雄は、少しだけ言葉に詰まった。
名を名乗ることに、意味があるのか。
役割を失った今、それはただの音でしかない。
「……好きに呼べ」
グレンは鼻で笑った。
「厄介な奴だな」
そのとき、集落の奥から、細い声が聞こえた。
「また……新しい人?」
現れたのは、少女だった。
いや、少女というより、まだ子供に近い。
聖職者の衣を着ているが、徽章は外されている。
「この子は?」
英雄が問う。
「聖女候補」
案内役の少女が答える。
「なれなかったほう」
聖女候補の少女は、英雄を見て、怯えたように一歩下がる。
「……英雄、様?」
その呼び方に、胸が軋んだ。
「違う」
英雄は、はっきりと否定する。
「俺は、そう呼ばれる資格はない」
少女は戸惑い、やがて小さく頭を下げた。
「……ごめんなさい」
その瞬間。
英雄は、再び“線”を見た。
彼女に絡みつく、細く脆い役割。
――聖女。
――祈る者。
――捨てられた存在。
英雄は、無意識にそれを否定しかけ――止めた。
(今は、まだだ)
力を振るえば、何かが壊れる。
それは確信に近かった。
「……落ち着け」
英雄は、自分に言い聞かせるように呟く。
少女が、静かに彼を見上げる。
「ねえ」
「なんだ」
「あなたも……選びたかった人?」
英雄は、少しだけ考えてから答えた。
「ああ」
短い言葉。
だが、それだけで十分だった。
集落の焚き火が、僅かに強く揺れる。
失敗作たちの居場所で。
英雄は、初めて“仲間”と呼べる存在に囲まれていた。
それが、世界にとってどれほど危険な兆しなのかを。
この時、誰もまだ理解していなかった。
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