第2話 世界の裏側に落ちた英雄と、失敗作の少女
世界の裏側には、時間という概念が曖昧に存在していた。
少女――案内役は、英雄の前を歩きながら、振り返りもせずに話す。
「ここではね、日も夜もない。腹も減らないし、眠らなくても死なない。便利でしょ?」
「生きているのか、死んでいるのか分からんな」
「その中間。だから“処分保留”って感じかな」
軽い口調とは裏腹に、その言葉は重かった。
歩いているはずなのに、景色はほとんど変わらない。地平線のない空間。だが、時折、空間の端が“ひび割れる”ように歪み、向こう側の光景が垣間見える。
戦場。
王都。
村の焼け跡。
英雄は、無意識に拳を握った。
「見えるのは、表の世界だ」
案内役が言う。
「正確には、“修正が必要な場面”。女神が忙しくなると、ここまでノイズが漏れるの」
「……随分と杜撰だな。世界管理者にしては」
「世界が広すぎるんだよ。人も多いし、感情も増えすぎた」
そこで、彼女は立ち止まった。
「で、本題」
振り返ったその目は、最初に会ったときよりもずっと真剣だった。
「あんた、普通じゃない」
「それは光栄だな」
「褒めてない。ここに来た人はね、だいたい壊れる。自分が不要だったって事実に耐えられなくて」
少女は、自分の胸を指で叩く。
「私もそうだった。役割を失った瞬間、全部どうでもよくなった」
沈黙。
英雄は、少し考えてから口を開いた。
「……疑問がある」
「なに?」
「なぜ、お前はまだ“案内役”なんだ」
少女は一瞬、言葉に詰まった。
「……さあね」
視線を逸らす。
「多分、完全に消すには、私も中途半端だったんでしょ。悪役としても、被害が少なすぎた」
「なるほど。“物語的に美しくない”」
「そういうこと」
自嘲気味な笑み。
そのときだった。
空間が、大きく軋んだ。
今までとは比べものにならない歪み。空が裂け、白い光が洪水のように流れ込む。
「……来た」
少女が、舌打ちする。
「女神の自動修正。あんたの存在が、もうノイズ扱いされてる」
「随分と早いな」
「英雄クラスが消えると、世界的に目立つの。帳尻合わせが大変なんだよ」
歪みの向こうに、“声”が響いた。
『逸脱個体を確認』
『物語安定度、低下』
『再配置、もしくは完全削除を実行』
感情のない、だが確実に“意思”を持った声。
英雄は、その声を聞いて確信した。
(やはり、世界は“俺たちを人として見ていない”)
「逃げるぞ」
少女が叫ぶ。
「今はまだ、あんたを消されたら困る!」
「困る?」
「観測できる存在は貴重なの! 説明が面倒になる!」
理不尽な理由だったが、英雄は頷いた。
「了解した」
その瞬間、英雄の視界が“切り替わる”。
歪みの中心。そこに、糸のようなものが見えた。
無数に絡み合い、光を放つ“線”。
「……これが」
彼は、直感的に理解した。
「役割、か」
線の一本が、自分に伸びている。
だがそれは、どこか不完全で、途中で千切れていた。
――英雄。
――参謀。
――不要。
重なった言葉が、脳裏に浮かぶ。
英雄は、その線を“否定した”。
瞬間。
空間が、悲鳴を上げた。
『エラー』
『想定外干渉』
『権限不一致』
歪みが後退する。
光が引き剥がされるように消えていく。
少女が、目を見開いた。
「……やっぱり。あんた、それ――」
「まだ、よく分かっていない」
英雄は、自分の手を見つめる。
「だが、触れてはいけないものに触れた感触だけはある」
沈黙の後、少女は乾いた笑いを漏らした。
「最悪だ。ほんとに」
だが、その顔は、どこか楽しそうだった。
「歓迎するよ。世界の異物さん」
彼女は手を差し出す。
「ここから先は、戻れない」
英雄は、その手を取った。
「望むところだ」
こうして。
世界にとって“不要”と判断された存在は、
世界そのものにとって“危険因子”へと変わった。
物語は、静かに。
だが確実に、女神の管理外へと踏み出していた。
本話もお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、
ブックマーク や 評価 をお願いします。
応援が励みになります!
これからもどうぞよろしくお願いします!




