表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界を救った英雄は処刑された ~役目を終えた俺は、世界のシナリオを止めてやり直す~  作者: 天城ハルト


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

18/21

第16話 勇者は、剣を置く

 勇者は、その夜も眠れなかった。


 私室の壁に掛けられた聖剣は、相変わらず淡い光を放っている。だが、その輝きは以前よりも弱く、どこか頼りなかった。


 ――剣を抜けば、奇跡は起きる。


 それが、今までの“正解”だった。


 噴水が止まった時も。

 町が混乱した時も。

 人々が不安に声を荒げた時も。


 剣を抜きさえすれば、すべては片付いたはずだ。


(……それでも)


 勇者は、目を閉じる。


 昼間に見た光景が、まぶたの裏に浮かぶ。


 桶を抱えて走る子ども。

 文句を言いながらも水を運ぶ商人。

 転びそうになった老人を、誰かが支える姿。


 不格好で、効率が悪く、争いもあった。


 だが――待ってはいなかった。


「……俺が、やらなかったから」


 ぽつりと、声が漏れる。


 剣を抜かなかったから、町は動いた。

 奇跡が来なかったから、人が動いた。


 それが、正しいのかどうかは分からない。


 ただ一つ、はっきりしていることがあった。


(俺が剣を抜けば……)


(あの光景は、なかった)


 勇者は、ゆっくりと立ち上がった。


 聖剣の前に立つ。

 何度も握ってきた柄。

 世界を救った感触が、まだ残っている。


「……女神よ」


 勇者は、静かに呼びかけた。


 返事はない。


 以前なら、即座に届いたはずの声。

 正しさを保証する、あの響き。


 だが、今は――沈黙だけだった。


 勇者は、深く息を吸い、吐いた。


「……俺は」


 剣を握る。

 だが、抜かない。


「もう、“勇者”でいることを、選ばない」


 その言葉と同時に、剣の光が揺らいだ。


 祝福が消えたわけではない。

 だが、応えなくなった。


 まるで、剣のほうが問い返しているようだった。


 ――それでも、いいのか。


「……ああ」


 勇者は、頷いた。


 そして。


 剣を、壁から外した。


 床に置く。

 乱暴ではない。

 丁寧でもない。


 ただ、置いた。


 その瞬間、胸の奥にあった重さが、すっと消えた。


 代わりに残ったのは、不安だ。


 これから、どうすればいいのか。

 何をすればいいのか。


 何も、分からない。


 だが。


 それでいいと、思えた。


 ***


 翌朝。


 勇者は、町に出た。


 腰に剣はない。

 兵士たちが、ざわつく。


「……勇者様?」

「剣は……?」


 勇者は、立ち止まり、答えた。


「置いてきた」


 一瞬、沈黙。


「……冗談を」


「冗談じゃない」


 勇者は、はっきりと言った。


「俺は、もう奇跡を起こさない」


 人々の間に、不安が広がる。

 怒りも、恐怖も、期待も。


 勇者は、それを真正面から受け止めた。


「だから」


 一拍置いて、続ける。


「自分で決めてくれ」


 ざわめきが、さらに大きくなる。


「無責任だ!」

「勇者の仕事だろう!」


「そうだ」


 勇者は、否定しない。


「無責任だ」


 その言葉に、誰も言い返せなかった。


「俺は、今まで責任を引き受けすぎた」


 勇者は、静かに言う。


「選ぶ責任も、迷う責任も、全部だ」


 視線を上げる。


 人々を見る。


「……もう、それは俺の役割じゃない」


 誰かが、何かを言いかけ――やめた。


 答えが、用意されていないからだ。


 勇者は、町を歩き出す。


 誰も止めなかった。

 止められなかった。


 その背中を、路地の奥から英雄が見ていた。


 案内役の少女が、小さく息を吐く。


「……やったね」


「いいや」


 英雄は、首を振る。


「ここからだ」


 勇者は、剣を置いた。

 だが、世界はまだ剣を求めている。


 選ばせる世界は、始まったばかりだった。


 そして。


 女神は、まだ何も答えていない。


本話もお読みいただき、ありがとうございました!


少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、

ブックマーク や 評価 をお願いします。


応援が励みになります!


これからもどうぞよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ