幕間 女神は、選択肢を失いつつある
世界の上層。
時間も距離も意味を持たない場所で、女神は“観測”していた。
勇者が剣を抜かなかったこと。
聖女候補が役割から外れたこと。
町で奇跡が起きなかったこと。
どれも、本来なら即座に修正されるはずの事象だ。
『……』
女神は、沈黙していた。
否。
正確には、“即答できなかった”。
それは、女神にとって異常だった。
世界が不安定になれば、答えは常に一つ。
修正。
上書き。
再配置。
物語を、正しい流れへ戻す。
だが。
今回の歪みは、どれにも当てはまらない。
『未確定要素……』
女神は、再び“それ”を見た。
逸脱個体。
英雄と呼ばれていた存在。
彼は、破壊していない。
否定もしていない。
反逆の宣言すらしていない。
ただ――止めている。
物語を。
選択を。
確定そのものを。
『……なぜ』
女神は、初めて自問した。
なぜ、それが“悪”だと断じきれないのか。
彼の行動は、世界の崩壊を招いていない。
死者が増えたわけでもない。
魔王が復活したわけでもない。
ただ、人々が――
“待たなくなっている”。
祈りを捧げる前に、手を伸ばす。
奇跡を期待する前に、考える。
勇者を待たずに、動こうとする。
『……非効率』
本来なら、排除すべき兆候だ。
だが、排除の理由が見つからない。
女神は、勇者を観測する。
彼は、剣を持っている。
祝福も、まだ失っていない。
だが、選ばない。
『勇者よ』
女神は、呼びかける。
『あなたは、正しい』
返事はない。
勇者は、聞こえていないわけではない。
聞こえた上で――従っていない。
『……』
女神の“視界”が、僅かに揺らぐ。
代理人を観測する。
彼は、命令を遂行できていない。
強制修正は、失敗。
再配置も、保留。
削除は、条件未達。
『選択肢が……』
女神は、気づいてしまった。
自分が今、何をすべきか。
それを決める“役割”が、存在しないことに。
世界管理者。
物語の編纂者。
絶対的観測者。
それらはすべて、“決められる存在”であることが前提だ。
だが。
決めない、という選択肢が生まれた瞬間。
女神自身もまた、“選ぶ側”に引きずり下ろされた。
『……人は』
女神は、初めて“人”という存在を、
個体としてではなく、
概念として捉え直そうとしていた。
『なぜ、迷う』
その問いに、答えはない。
いや。
答えはあるのかもしれない。
だが、それは――
女神が、今まで聞く必要のなかった種類の答えだった。
世界は、まだ安定している。
だが、物語は。
確実に、“次の章”へ移ろうとしている。
女神は、静かに理解した。
この異物は。
世界を壊す敵ではない。
――世界に、問いを突きつける存在だ。
そしてそれは。
神にとって、最も扱いづらいものだった。
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