第14話 剣を抜かない再会
勇者は、礼拝堂の前に立っていた。
特別な理由があったわけではない。
巡回の途中で、足が止まっただけだ。
この場所は、今の信仰体系から外れている。
祈りは届きにくく、奇跡も起きない。
だからこそ、使われなくなった。
(……なぜ、ここに)
自分でも分からない。
だが、胸の奥に引っかかるものがあった。
扉の向こう。
人の気配。
勇者は、反射的に剣へ手を伸ばし――止めた。
(……違う)
今は、それじゃない。
扉を押し開ける。
中にいたのは、三人だった。
見知らぬ少女。
軽装の女。
そして――
勇者は、息を呑んだ。
「……生きて、いたのか」
英雄だった男が、そこにいた。
処刑台に立っていたはずの。
世界から消えたはずの存在。
英雄は、勇者を見て、静かに言った。
「久しぶりだな」
その声には、恨みも怒りもなかった。
それが、何よりも勇者の胸を締め付ける。
「……どうして」
勇者は、一歩踏み出しかけ――止まる。
「なぜ、戻ってきた」
「戻ったわけじゃない」
英雄は答える。
「外から来た」
「……世界を、壊しに?」
その問いに、英雄は首を振った。
「壊すなら、もう終わっている」
沈黙が落ちる。
勇者は、剣を抜かない。
英雄も、何も構えない。
案内役の少女が、そっと一歩下がる。
聖女候補の少女は、息を潜めて二人を見る。
「……俺は」
勇者は、言葉を探す。
「正しかったのか」
英雄は、すぐには答えなかった。
代わりに、問いを返す。
「お前は、選んだのか」
勇者の喉が、詰まる。
「……分からない」
それが、精一杯の答えだった。
英雄は、ゆっくりと頷く。
「それでいい」
「……え?」
「分からないと認めた時点で、お前はもう装置じゃない」
勇者の目が、揺れる。
「だが」
英雄は続ける。
「そのまま立ち止まれば、誰かが代わりに選ぶ」
それは、責めではなかった。
事実の提示だった。
勇者は、剣の柄を握りしめる。
抜かない。
だが、離さない。
「……お前は」
勇者は、目を逸らしながら言う。
「俺を、責めないのか」
処刑台。
沈黙。
目を逸らした自分。
英雄は、少しだけ考えた。
「責める理由はある」
勇者の肩が、僅かに強張る。
「だが」
英雄は、はっきりと告げる。
「それを選ぶのは、俺じゃない」
勇者は、ゆっくりと顔を上げた。
「……なら」
「次に選ぶのは、お前だ」
英雄は、扉の外へ視線を向ける。
「世界か。物語か。それとも」
一拍。
「自分か」
勇者の胸の奥で、何かが音を立てて崩れた。
女神の声は、聞こえない。
剣は、応えない。
だが。
自分の鼓動だけが、はっきりと聞こえる。
「……待て」
勇者は、思わず声を上げた。
英雄が、振り返る。
「俺は、まだ……」
「知っている」
英雄は、静かに言った。
「だから、戦わない」
そして、背を向ける。
「選べるようになったら、また会おう」
勇者は、その背中を見送る。
剣を抜かずに。
命令も、祝福もなく。
ただ、一人の人間として。
礼拝堂に、再び静けさが戻る。
勇者は、剣を見下ろし、呟いた。
「……選ぶ、か」
それは、今までで一番重い言葉だった。
だが同時に。
初めて、自分のものになった言葉でもあった。
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