第9話 彼女は、同行を選んだ
集落の空気は、まだ落ち着いていなかった。
修正が退いたとはいえ、完全に安全になったわけではない。誰もがそれを理解している。だからこそ、人々は声を潜め、互いの存在を確かめるように焚き火の周りに集まっていた。
聖女候補の少女は、その少し外に座っていた。
膝の上で、指を絡めたり、ほどいたりしている。
祈りの姿勢ではない。
だが、癖のように、無意識で指が組まれてしまう。
(……私は、何をしてきたんだろう)
選ばれなかった。
それだけで、自分には価値がないと思っていた。
祈ることしかできない。
祈ることだけが、自分の意味。
そう教えられてきたから。
「……来てたんだ」
声をかけられ、顔を上げる。
英雄だった。
今は、そう呼ばれることを拒んでいる男。
「具合は」
「……大丈夫です」
本当は、まだ胸の奥がざわついている。
だが、それは痛みではなかった。
不安。
そして、ほんの少しの――期待。
英雄は、彼女の隣に腰を下ろした。
「さっきのことだが」
彼は、先に言葉を切り出す。
「俺は、君に選択を強いたくない」
少女は、唇を噛みしめる。
「でも……私が行かなければ、また……」
「その時は、その時だ」
即答だった。
「誰かを守るために、誰かを差し出す世界は、俺が否定する」
少女は、驚いたように目を見開く。
「……そんなの……」
「現実的じゃない、か」
英雄は、小さく息を吐く。
「分かっている。だが、だからこそ選ぶ意味がある」
沈黙。
焚き火の音だけが、二人の間を満たす。
やがて、少女がぽつりと言った。
「……私、怖いです」
「そうだろう」
「あなたのそばにいたら、きっと……もっと怖いことが起きる」
「否定しない」
それでも。
少女は、ゆっくりと顔を上げた。
「それでも、考えました」
胸に手を当てる。
「ここに残って、何も選ばないまま生きるのと……」
一度、言葉を切る。
「怖くても、自分で決めて歩くのと」
英雄は、何も言わずに聞いていた。
「……私」
少女は、深く息を吸い。
「あなたと行きます」
その声は、小さい。
だが、震えてはいなかった。
案内役の少女が、少し離れた場所から見ていた。
その表情が、ほんの僅かに緩む。
「理由を、聞いてもいいか」
英雄が問う。
少女は、少し考えてから答えた。
「……選ばなかったからです」
「?」
「女神様も。世界も。誰も、私を選びませんでした」
だから。
「今度は、私が選びたい」
英雄は、目を閉じ、ゆっくりと頷いた。
「分かった」
それ以上、何も言わない。
引き止めもしない。
励ましもしない。
それが、彼なりの尊重だった。
集落の人々が、二人を見ている。
羨望も、恐怖も、諦めも混じった視線。
グレンが、その中から一歩前に出た。
「……行くのか」
少女は、はっきりと頷く。
「はい」
「そうか」
グレンは、それ以上何も言わなかった。
ただ、短く手を挙げる。
「死ぬな」
「……はい」
案内役の少女が、二人の前に立つ。
「じゃあ決まりだね」
軽い口調だが、その目は真剣だ。
「これで、あんたは“守られる側”じゃない」
聖女候補の少女を見る。
「選ぶ側だ」
少女は、ぎゅっと拳を握った。
「……はい」
その瞬間。
英雄の視界に、“線”が見えた。
彼女に絡みつく役割は、まだ存在している。
だが。
――聖女。
――祈る者。
その上に、もう一本。
細く、しかし確かな線が生まれていた。
――同行者。
――未定。
英雄は、それを壊さなかった。
否定もしない。
ただ、認めた。
「行こう」
英雄が立ち上がる。
「ここにいても、外に出ても、世界は優しくない」
少女も立つ。
「……でも」
小さく、微笑む。
「選べます」
案内役の少女が、背を向ける。
「じゃあ次は、“逃げ場のない場所”に行こうか」
「どこだ」
「表の世界」
英雄は、目を細めた。
「……本格的に、始まるな」
「うん」
案内役の少女は、振り返らずに言った。
「もう後戻りできないところから」
こうして。
祈るだけだった少女は、歩き出した。
選ばれなかった者が、
自分で選んだ最初の一歩。
それは、世界にとっては些細で。
だが、物語にとっては致命的な選択だった。
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