第1話 英雄は、正しい物語の中で処刑された
この物語は、
「正しいことをしたはずなのに、何かがおかしい」と感じたことがある人へ向けた物語です。
勇者でも、聖女でもない。
ただ“役目を終えた”という理由で世界から削除された英雄が、
選ばせるために歩き始めます。
※シリアス寄りですが、
人の選択と再出発を描く物語です。
英雄は、処刑台に立っていた。
石造りの広場は、祝祭の名残をまだ引きずっている。色あせた旗、踏み荒らされた花びら、酒の匂い。数週間前、この場所は魔王討伐を祝う凱旋式で埋め尽くされていた。人々は喝采し、勇者の名を叫び、世界が救われたことを疑いもしなかった。
――その隣に、確かに自分もいたはずだった。
だが今、英雄の立つ場所は、栄光の壇上ではない。罪人用の処刑台だ。両腕は縛られ、背後には無言の執行人。群衆は集まっているが、誰一人として声を上げない。
ざわめきはある。だがそれは、嵐の前の静けさに似ていた。
「これより、罪人の処刑を執り行う」
宣告官の声が、乾いた空気を切り裂く。
「罪状。世界の調和を乱した罪。女神の導きを逸脱した罪。英雄として不要となった罪」
英雄は、思わず小さく息を吐いた。
(なるほど)
法でも、倫理でもない。ただの“役割終了通知”だ。功績を称える言葉は一切ない。魔王討伐における戦略立案、数えきれない戦場での判断、そのすべては、最初から存在しなかったかのように扱われている。
視線を巡らせる。
群衆の先頭、王侯貴族の席に、勇者がいた。黄金の剣を携え、眩い祝福を身に纏っている。だが、その視線は英雄と交わらない。床の一点を見つめ、まるでそこに答えがあるかのように。
――知っているのだ。
これは“正しい物語の結末”だと。
その隣で、聖女が静かに祈っている。唇は動いているが、言葉は聞こえない。奇跡は起こらない。彼女は祈ることでしか、ここに立てないのだ。
民衆の中には、英雄に救われた者もいる。かつて涙ながらに礼を述べた老人も、命を拾った兵士も、今は皆、黙っている。
沈黙は、同意だった。
「……なるほど」
英雄は、誰に向けるでもなく呟いた。
「これは罰じゃない。後片付けか」
宣告官が一瞬、眉をひそめる。だが何も言わない。台本にない言葉は、意味を持たない。
剣が抜かれる音がした。
空が、やけに青い。
(世界が、終わった)
そう思った瞬間、刃は振り下ろされた。
――痛みは、なかった。
暗転。
***
意識が戻ったとき、英雄は「暗闇」にいなかった。
空とも地面ともつかない場所。白でも黒でもない、曖昧な色彩が広がっている。重力はあるようで、ない。足元は確かだが、影がない。風も音も存在しないのに、自分の呼吸だけがやけに大きく感じられた。
英雄は、ゆっくりと体を起こす。
――痛みはない。首も、体も、問題なく動く。
そして、決定的な違和感。
(……ステータスが、出ない?)
死の直前まで、彼は確かに“世界の常識”の中にいた。レベル、スキル、祝福。それらが表示されないということは、つまり。
「……死後にしては、手抜きな世界だな」
思わず、そんな言葉が漏れた。
「あー、それ言う人多いから。でもね」
背後から、軽い声。
「ここ、“死後”じゃないよ」
英雄が振り返ると、そこに少女が立っていた。
年の頃は十代半ば。短く切った髪に、場違いなほど軽装。だが、その目だけが妙に落ち着いている。いや、落ち着いているというより、諦めを知っている目だ。
「ようこそ。世界の裏側へ」
少女は、肩をすくめて言った。
「失敗作置き場。もしくは、削除済みデータの墓場」
「……随分、率直だな」
「遠回しに言っても意味ないでしょ?」
少女は笑う。だが、その笑みはどこか歪んでいた。
「私はここで案内役みたいなことしてる。元・悪役。倒される予定だったけど、ちょっと想定外な動きしちゃってさ」
英雄は、少女をじっと見つめた。
普通なら、混乱する。叫ぶか、取り乱すか、現実逃避する。だが、彼の頭は妙に冴えていた。
「……つまり、俺は“消された”わけか」
少女の笑顔が、わずかに消える。
「へえ。飲み込み早いね。普通は泣くか、怒るかするんだけど」
「処刑された理由が、はっきりしていたからな」
「自覚あり、か」
少女は、小さく息を呑んだ。
「ねえ。あんた、もしかして……最初から“物語”を疑ってた?」
英雄は答えない。その代わり、視線を遠くへ向ける。
すると、空間にノイズが走った。
歪んだ光の向こうに、王都の広場が映る。勇者が称えられ、新たな英雄譚が紡がれていく光景。その“正しさ”を、英雄が心の中で否定した瞬間。
映像が、ぶれた。
少女が、息を呑む。
「……嘘。今の、女神側の権限だよ」
「そうか」
英雄は、静かに言った。
「なら俺は――物語の登場人物じゃない。読者、ってところか」
少女は、しばらく黙っていたが、やがて問いかけた。
「で? どうするの」
「復讐する? 世界を壊す?」
英雄は、首を横に振る。
「いいや。壊すんじゃない」
一拍置いて、はっきりと告げる。
「――選ばせる」
少女は、ふっと笑った。
「最悪だね。世界から一番嫌われるやつだ」
英雄も、わずかに口元を緩める。
「慣れている」
こうして、物語の外側で。
一人の英雄は、“物語そのもの”と敵対することを選んだ。
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