表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
扶桑再現  作者: 頗梨
弥生
16/20

獅子舞

冷酷な顔が見下ろし、魔の爪が天を覆うように振り下ろされる。

闇が視界を塞ぎ、次の瞬間には――人生が終わる。

そんな予感が、確かな重さをもって迫ってきた。


だが。


その遮天蔽日の魔爪は、彼女の目前――わずか寸前のところで、ぴたりと止まった。


進めない。

押し潰せない。


いつの間にか、ひとりの大柄な影が彼女の前に立ち塞がり、降りかかる悪意を、確かに掴み取っていた。


「——私が、いる。」


闇を裂くその声は、揺るぎなく、光のように夜を貫いた。


---


「な、なんだお前は!?」


狼狽した叫びが、目の前の男の喉からこぼれ落ちる。


だが太一は応じない。

冷静な視線で周囲を一掃し、瞬時に状況を把握した。


バーの入口は、二十人近い集団に塞がれている。

多くの女たちは意識を失い、ある者は衣服が乱れ、ある者は身体に傷を負っていた。

露出した肌には、青紫の痣、注射痕、内出血が無秩序に重なっている。


『……薬物か? いや、それだけじゃない』


「てめぇ、誰だ!俺の邪魔をするたぁ、いい度胸じゃねぇか!」


渡辺が力任せに腕を引く。

だが、微動だにしない。まるで鋳鉄の万力に挟まれたかのようだった。


「ふん」


「人に指を突きつけるのは、躾のなってない証拠だ。覚えておけ」


太一の右手に、力が籠もる。


――バキリ。


乾いた音とともに、骨が折れた。


「ぐぁあああ!!」


渡辺の顔から血の気が失せ、脂汗が滝のように流れ落ちる。


「や、やれ!こいつを殺っちまえ!」


甲高い奇声――それは感情の昂ぶりからか、肉体の激痛からか判別できない――が上がり、その叫びと共に、他の連中も手元の「獲物」を捨て、一斉に太一に襲いかかった。


太一がまさに動き出そうとしたその瞬間――


柔らかく、震える重みが太一の背にぶつかる。


恐怖に耐えきれず、ついに膝を折った小鳥游だった。


「はっ……は……き、気をつけ……」


唸り声とともに、椅子が投げつけられる。

続いて、バタフライナイフを握った男たちが突進してくる。


太一は慌てない。


身体をしなやかに翻し、震える彼女の腕を掴むと、そのまま胸元へ引き寄せる。

椅子を紙一重でかわし、右脚を高く掲げ――落下する椅子を引っ掛ける。


完璧な円弧を描くように振り抜かれた椅子は、そのまま来た道を逆流し、数人をまとめて薙ぎ倒した。


たちまち数人が椅子に叩き潰され、苦痛の呻き声が響き渡った。


「かかれ!全員でやれ!」


仲間の呻き声が、かえって血の気を煽った。

男たちは狂気に染まった目で、再び迫る。


腕の中の少女は恐怖に震えながらも、叫び声を押し殺すように唇を噛み締めていた。


それに気づいた太一は、わずかに笑みを浮かべる。


「大丈夫だ」


声は、穏やかだった。


「……一緒に踊ろう」


「え……?」


---


ふたりは、いつしかフロアの中央に立っているかのように見えた。

周囲を取り囲むのは、彼らの熱狂的な「ファン」たち。


ダンスが始まる。


荒々しいリズムの中で、彼らは優雅に舞う。

まるで、即興のワルツ。


少年に導かれ、少女は白鳥のように旋回する。

一歩ごと、一動作ごとが、息を呑むほどに美しい。


清らかで、穢れを拒む存在。


少年は導き手であり、伴走者でもあった。

彼女の輝きを鏡花水月のように広げ、汚濁を退ける。


音楽が終わり、ふたりが一礼したとき――

立っていたのは、片腕を抱えて転げ回る渡辺だけだった。


他は、すべて床に沈んでいる。


少女は息を整える間もなく、すぐに他の女性たちのもとへ駆け寄った。


太一は一歩一歩、渡辺の前に立つ。


見下ろしながら、静かに言った。


「奇妙だな」


「お前の気質が完全に変わっている」


「さっき接触したお前と、今のお前はまるで別人だ」


「教えてくれないか、どうしてこんなことになった?」


「て、てめぇ……!何を馬鹿なことをほざく……」


「俺の邪魔をしやがって!覚えとけよ!俺に――」


――ドンッ。


太一の脚が、容赦なく頭部を打ち抜いた。

途端に鮮血が飛び散り、数本の歯が血の泡と共に吐き出される。


男は苦痛にのたうち回り、悪意のこもった呪詛を唇の間から漏らすが、もはや聞き取ることは難しかった。


太一はそれ以上構わず、倒れている女性たちの容体を確認する。


『周囲の連中の年齢を考えれば、こいつに従う理由がない。

名家の坊ちゃんなら、俺が知らないはずもない……』


『それに、最初に出会った時のあの冷たい刺すような感覚、何かしら異変があるに違いない』


服をめくった瞬間、太一の目が凍る。


擦過傷でも、転倒でもない。


――引き裂かれた痕。

――噛みつかれた跡。


「……食ってる……」


かろうじて意識を取り戻した女性が、震える声で呟いた。


「……あの人たち……人を、食べてる……」


その言葉を合図に。


既に倒れていたはずのチンピラたちが、再びゆっくりと痙攣を始めた。まるで亡霊がその死体を再び掌握したかのように。


陰風が吹き荒れ、黒い靄がさっと立ち昇った。

鬼哭が響き、温度が急激に下がる。


バーは、瞬く間に鬼域と化した。


背後から、殺気。


太一は身を捻り、辛うじてかわす。

服が裂け、皮膚に血が滲む。

わずかな陰気が体内に入り込み、動きが鈍る。


その勢いを利用して後退し、距離を取ることで、ようやく自分を襲った正体を観察することができた。


先ほどまで地面に伏せ、顔中血まみれで罵詈雑言を吐いていた渡辺が、今や太一がいた場所に立っていた。彼は凶悪な光をその目に宿し、口元からは黒い靄が漏れ出ている。まるで魔王の顕現のようだった。


「待ってろと言っただろうが。聞こえなかったか――」


高く飛び上がり、太一に向かって真っ直ぐに飛びかかってくる。


無手無策の殴打。

だが、一撃一撃に、冷たい邪性の神元が宿っている。


『……この陰気、神元か』


動きが鈍る。

思考が凍る。


『こいつが弥生なのか?だからあいつら全員がこいつの命令を聞いていたのか?だが、こいつはあまりに愚かで、この小物然とした卑しい気配は演技ではない。それに、最初は弥生本来の能力を発揮せず、なぜ今になって突然変異した……』


さらに重い一撃が落ちる。太一は、気づかないうちに、自分が小鳥遊の近くまで追いつめられていることに気づいた。そして、既に倒れていたチンピラたちは、全員が目を白く剥き、おぞましい鬼気を立ち昇らせて、再び太一を取り囲んでいた。


彼は女性たちを背中に庇い、群衆の中からゆっくりと歩み寄ってくる渡辺を警戒した。


「夢、このクソ女。俺に見初められたのはお前の幸運だろうが、よくも俺に別れを切りやがったな」


「こいつがお前の新しい男か?こいつを半殺しにしてから、お前の目の前でじっくり味わってやるよ」


神元が湧き上がり、陰毒な気を体外へ押し出す。金色の佛光がうっすらと現れた。


降魔聖功。


「……なら」


太一は、低く告げた。


「――どっちが喰われるか、確かめようか」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ