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扶桑再現  作者: 頗梨
弥生
11/20

四月

西山明は一瞬きょとんとした。すぐに「ああ、そうか」と納得したように頷き、明るい笑顔で言った。


「詩織ちゃん、安心して!俺も転校したばかりだけど、お兄さんたちが絶対に守ってあげるから!」


詩織の表情が一気に冷たくなる。

声音は硬く、感情を隠そうともしない。


「太一兄、ここはちょっと空気が悪い。別の場所に行こう?」


「あ、あの……」

西山の笑顔が固まったまま、手持ち無沙汰に立ち尽くしている。


太一は妹の意図をすぐに理解し、何も言わずに軽く会釈した。


「それじゃ、僕たちはこれで。」

そう言って、詩織と並んでその場を離れた。

西山はそのまま取り残されて、乾いた笑い声だけが背中に残る。


---


「さて、案内してもらっていい?」


「おう、せっかくだから先輩らしくキャンパスをぐるっと回ってあげるよ!」


「詩織、中学部は成績で入ったんだよね?」


「もちろん!」

詩織は少し誇らしげに顎を上げる。

「それに、入学組の中でも一番成績良かったんだから!」


「さすがだな。」

太一は優しく妹の髪をくしゃくしゃにする。


「もう、やめてよ……」

言葉では嫌がるが、その表情はうれしさを隠しきれない。


二人で校舎を一周し、主要な施設を紹介し終える頃には、辺りも静かになっていた。

ベンチに腰かけると、空気が穏やかに落ち着く。


詩織は、ふと真剣な表情になった。


「ねえ、太一兄。昨夜、何があったの? 二年前と同じようなこと?」


太一は言い訳しようとしたが、詩織のまっすぐな瞳を見て、観念して口を引き締めた。


「……似ている部分はある。どちらも説明できない“怪異”に遭遇した。

でも、司もあのとき詳しく話してくれなかっただろう。俺も全部は……言えないし、言いたくないんだ。」


「そっか……」

詩織の目が少し寂しげに揺れる。

「あれ以来、お兄ちゃんもいなくなっちゃったし……」


「仕方ないさ。あの事件は酷すぎた。

今、真相を知ってるのは、行方不明の司と、姿を消した“叔父さん”くらいだ。」


太一は優しく続ける。


「でも、気にしても仕方ない。司には司なりの考えがある。俺も、頼れる人に協力をお願いしてあるし。」


「……ありがとう、太一兄。」

詩織はそっと手を伸ばし、太一の右目尻をなぞる。

そこには、毒牙のようにも涙痕のようにも見える痕が刻まれていた。


「当たり前だろ。お礼を言われることじゃない。」


「それでも……ありがとう。

本当は、太一兄が無理しなくていいのに……」


「お礼を言うべきなのは、むしろ俺のほうさ。」


空気を変えるように、詩織はカバンから大きなお弁当箱を取り出した。


開けると、太一の好きなおかずがぎっしり詰まっている。


『朝ごはん作る前に、ちゃんと用意してたんだろ。

昨日、ろくに寝てないんじゃないか?』


何も言わず、太一は玉子焼きを箸で取る。チーズがとろけて、香りが鼻をくすぐる。


「久しぶりに詩織の手料理を食べたな。やっぱり、君の料理が一番だ。」


「またそれ? 毎回同じこと言うんだから……」

言いながら、顔はほんのり赤い。


「じゃあ、これから毎朝お弁当入れてあげる。

どうせパンとかでごまかしてるんでしょ?」


「そこまでしなくていいよ、無理するな。」


「もう、誰のためだと思ってるの?

ちゃんとしたもの食べないし、ジュース飲んで栄養摂った気になるし……」


太一は苦笑いしながら、ぽつりと言った。


「じゃあ、うちに引っ越してくるか? そのほうが何かと安心だし。」


詩織は首を振る。


「だめだよ。いつかお兄ちゃんが帰ってきたとき、一番にご飯作ってあげなきゃ。」


「……二年間、太一兄がいてくれて、家の中も少しは落ち着いたよ。」


言葉が途切れ、二人の間にしばし沈黙が流れる。


やがて、詩織がぽつりと尋ねた。


「ねえ、太一兄……

これからも、またこうやって一緒にご飯食べられるのかな?」


太一は一瞬間を置いてから、優しく、真剣に答える。


「必ず、また一緒に食べよう。約束する。」


太一の右目尻の痕が、陽の光の下でいっそう深く見えた。


---


「きっつ……」


「ラッキー!」



教室では生徒たちの賑やかな声が飛び交っている。


「キーンコーンカーンコーン!」


チャイムが鳴り、生徒たちは席に戻った。

太一の席は、運良く窓際の最後列だった。


しばらくすると、規則正しい足音と共に、教室のドアが開く。


淡いクリーム色のスーツに丸メガネの若い女性教師が、ゆっくりと教壇に立つ。


「みなさん、はじめまして。芝野美咲です。」


字も発音も端正で、声には知性と柔らかさがあった。


「今年一年、担任と英語を受け持ちます。よろしくお願いします。」


短い挨拶と、その知的な雰囲気で、生徒たちの好感を一気に集めた。


「では、自己紹介をしましょう。藤岡くんからどうぞ。」


教室入り口の席から、男子が立ち上がる。


「藤岡祐一です。中学から聖徳堂です……」


壇上の元気な挨拶の裏で、ひそひそとささやき声が広がる。


太一は窓の外、青空と鳥の姿にぼんやり目をやりながら、

頭の中では昨晩の怪異の余韻が渦巻いていた。


『……飛頭蛮の言葉からすると、斗鬼もあいつも、数百年前の存在……。

 そもそも斗鬼って、どんな“存在”なんだ?』


自己紹介が続く。


「西山明です!転校してきたばかりなので、よろしく!」


突然の大声に、太一は現実に引き戻される。


順番が回ってきた。自然に立ち上がり、控えめに微笑む。

だが、その声はどこか空虚だった。


「東雲太一。転校生です。よろしく。」


そのとき、“藤岡祐一”という名の生徒が、じっとこちらを見ているのに気づく。


「望くんは急用で欠席です。」

太一の後ろの席が空いている理由を、芝野先生が説明した。

何人かは慣れた様子で、あまり驚かない。


「みんな、これからは積極的に友達を作ってくださいね。」


「それと今後の授業予定と、クラス役員の選出についても説明します。」


---


初日の今日は早めに下校。太一は校内をぶらつくことも、部活を見に行くこともせず、荷物をまとめて帰ることにした。


バイト先も学校から近いが、昨晩行ったばかりだし、用事もない。

明日まとめて調べよう、と決めて駅へ向かう。


電車が静かにホームを離れ、高層ビル群が少しずつ遠ざかる。

車輪の音が、心を落ち着かせてくれた。


窓の外、公園ではまだ学生たちが遊んでいる。

何気なく視線をそらすと――

ベンチに、どこか見覚えのある人影が腰掛けていた。


――西山明?

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