一話 異世界転移したら糖尿病が治ってさらにダイエットに成功したって話
生まれてからずっと、逆張りで生きてきた。Mr. Red Pearを聞かずツーピースを読まずjphoneではなくbndoroidを買った。大学ではロシア語を選択し、就職はせずにニートになった。そしてそんな俺はニートの堕落した生活が祟り糖尿病になって手術を受けることになるのだった。
「本当にいいの?自分の属性は一度決めたら変えられないんだよ、もし他の属性のスキルを行使したら神に呪われて死ぬからね…雑属性のスキルは雑用の効率化と使い道の分からないものしかないからね!」
その情報を聞いた瞬間、俺は迷うことなく雑属性に決めてしまった。逆張り野郎の血が騒いだのだ。だがこの時俺は知らなかった。異世界生活の過酷さをそして雑属性が奴隷のための属性だということを。
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時は異世界初日に遡る。
目が覚めると見慣れないクリーム色の天井が目に入った。横を向くと木枠の窓から光が優しく漏れている。全体的にレトロな雰囲気だ。おかしい…自分は足の切断のために入院していたはず、最後の記憶は全身麻酔で落ちる前に見た外科医の顔だ。しかしこの部屋のレトロさと病院の無機質さは全く結びつかない。
ひとまず呻きながら手を組んで大きく伸びをした。体が軋み、足でベッドのシーツを引きのばす。足!?
「まじで!足あるじゃん!」
俺(佐藤太郎)は叫んだ。気を抜くと痺れが起きジュクジュクと膿んでしまっていた俺の足がついている。まだ、ついているのだ。切断、という言葉を聞いた時はそこまで現実感が薄かったけれど、いざ手術となると怖くて震えていた俺は足がついていることに安堵した。
ふふ、と笑みを浮かべながら足をなでる。が違和感があった。そこにあるはずの毛が無い… ニートになってから五年、一切毛を剃らなかった俺の毛むくじゃらの足がつるつるになっている。
というか今までベッドにいるときの暑苦しさのようなものが嘘みたいに消えていた。
ベッドから降りてジャンプしてみた。すると体が軽いのなんの動きやすい。つい昨日まで出来なかった動作がいとも簡単にこなせるのだ。どういうわけか俺は術前に比べ瘦せているようだった。
それも大学在学中の60キロをキープしてた時と同じぐらいに。
部屋の中にあったやけに意匠の凝った手鏡を見ると大学生の時の俺と同じ顔が映っている。
「せっかくならもっとイケメンにして欲しかったぜ、チクショウ」
そんな風に言うがリアル紅の豚だったニート時代と比べれると百倍マシだ。久しぶりに見た昔の姿に懐かしさを覚えて俺はしばらく手鏡を眺める。太る前の俺はイケメンではないが特に欠点も無い顔をしていた。身長も体重も平均的で顔も平均、おまけに名前も佐藤太郎という超普通ネーム。でもそれが反転して逆張り根性が染みついてしまったんだと思う。そんな風な物思いをしていると急に部屋の扉が開いた。
振り返る俺。そこにはケモ耳かつふわふわ尻尾のメイドさんがいた。
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全く意味が分からん。大量の情報が一斉に流れ込んできて混乱している俺。そんな俺に精一杯努力して説明してくれているのが先ほど部屋に入ってきたケモ耳メイドのネリアさん。今俺達はこの建物の中のテーブルで茶を飲みながら話している。
「だーかーら!さっきから言ってるコスプレって何なんですか?ちゃんとわかる言葉で話してください!!怒りますよ私!」
「ネリアさんはここが異世界って言いたいんでしょ、でも俺は信じないよ。君の格好はコスプレだと思っているし君の話に出てくる冒険だの魔物だのそんなのは作り話に違いない!」
「異世界ってなんですか?異世界もなにもここ以外に世界なんてないですよ、シラファインのお茶でも飲んで落ち着きましょう。」
喋りすぎて喉が渇いたのでしぶしぶお茶を飲む俺。ほのかに甘さがあるけど、すごく控えめでさっぱりした甘み。砂糖の甘さとは違い、自然の花蜜を思わせる優しい甘さ。まるで薄くミントを混ぜたような涼やかさが口の中に広がる。
「美味しいなこれ…」
思わずそう言葉を漏らすとこのお茶を淹れたネリアさんは誇らしげに腕を組んでいる。
お茶を飲んで本当に落ち着いたような気がする俺は話を整理し出した。ネリアさんの主張はこうだ。
ネリアさんの主人が出かけていた帰り道に森の中で昆虫系モンスターに体を齧られている俺を発見、モンスターを追い払うと肉や内臓がたくさん食われていたのにも関わらす俺は生きていたらしく、なんとか回復スキルを使って俺を治療。そして屋敷に運び込まれたというわけだ。
確かに筋は通っている。糖尿病患者の尿に引き寄せられて昆虫系モンスターが引き寄せられるのはまぁ納得だし(たぶん気絶しながら糖たっぷりの尿をもらしていたんだろう)それで回復を行ったときに無から有は作れず結果的に痩せたという話も現に今痩せている状態を見ると反論できない。でもそれはここが異世界であるという前提を信じたらの話だ。
そもそも俺は異世界転生や転移などの概念が嫌いだ。何の努力もしていない人間がチートスキルで無双する物語なんてクソだと思っている。ニートの時も異世界モノを読んでいる奴は現実逃避をするだけのカスだと見下していた。俺のように現実を受け入れてこそ真のニートなのだと思っていた。だから仮に俺が心の中に異世界転生をしたいという望みがあって、それのせいで今幻覚を見ているならまずいのだ。この幻覚を肯定することは過去の自分への裏切りとなってしまう。
そういうわけで俺は葛藤していた。そんな俺をみてネリアさんは
「お茶おかわりありますけどどうですか?」
なんてのんきに聞いてきた。まぁ美味しいから頼むんですけど…
俺が頷くとネレアさんは突然指をパチンと鳴らした。するとネレアさんのカップと俺のカップの両方にお茶がたまっていった。注がれているという感じではなくカップの底から湧き出していくイメージ。呆然とした俺にネレアさんは言う
「これ、半径50メートル以内の飲料を自由に移動させられるスキルなんです。すごいでしょ!」
使い道限定されすぎだろ!とツッコミをいれたくなったがそれどころではなかった。魔法、というかスキルが目の前で実行された。そのことに驚いていた。お茶をのんでみても先ほど同様に美味しい。種や仕掛けのあるマジックではないようだ。
うん…まぁ本当にここは異世界なんだろう。スキル見ちゃったしお茶美味しいし。受け入れよう。
こうして俺はお茶の美味しさとネレアさんの優しさに絆されて異世界生活を受け入れるのだった。
シラファイン
花の特徴
透き通るような銀白色の花弁を持つが、夜になると微かに淡い青緑色に光る。
一年に一度、満月の夜だけ花が咲き、一晩中かすかな光を放つ。
効果・効能
シラファインの花を煎じたお茶は、飲むと神経が過剰に昂る状態を穏やかに鎮め、精神の「揺らぎ」を物理的に吸収する特殊な成分を含む。
特に「感情の嵐」や「思考の過剰活性化」で眠れない人に効果的。
備考
すげぇ高い この花弁一グラムと金が等価になっている。
花弁一枚売れば一か月は生活できる。