8話 名前をもらった日
星の夜空は、静かだった。
丘の上、焚き火のそばに座っていた小さな“しゃべるかたち”が、手を合わせて空を見上げていた。
まるで、空にいる何かに語りかけているように。
少女は、星の高いところからその様子を見ていた。
「またやってる……昨日も、たぶん同じことしてた。火、手、空、ことば……順番も似てる……」
規則性のある行動。
ただの反応ではない。
意味のありそうなパターン。
「これは……もしかして、“祈り”ってやつ?」
少女はその言葉をどこで知ったのか自分でもわからなかった。
でも、そんな風に呼びたくなる“なにか”が、そこにあった。
「見えない何かに向けて、声を出してる……誰もいないのに。うーん、理解不能。でも、観察にはもってこい!」
少女はふわりと空を降りて、地上に近い雲の中に身をひそめた。
■
次の日の夜。
“しゃべるかたちたち”は、集落の中心に火を囲んで座っていた。
小さな台の上に、なにかの花と石が丁寧に並べられている。
「おお……昨日より飾りが増えてる。これ、進化してるの? 継続性あるんだ……」
彼らは言葉を発していた。
発音は不明瞭。
意味も当然不明。
でも、繰り返される音のなかに、少女の耳に残るものがあった。
「……ナミ……?」
その音が何を指しているのか、彼女にはまだわからない。
でも、それは何度も、何人もの口からこぼれていた。
「ナミさま」「ナミが光をくださった」「ナミの火」「ナミのおかげ」
少女は目をぱちくりさせた。
「え、え、え〜〜〜!? なにそれ!? ナミって、わたし!? 名前!? 勝手に!? やば〜〜〜〜っ!」
感情ではない。
けれど、強い刺激として、彼女のなかにインプットされた。
「観察対象に、名づけられた……観測者が観測された……あははは、うそ、これめちゃくちゃ面白い!!」
宙を転げまわりながら、少女は興奮していた。
それは新たな観察の始まりであり、自分に向けられた“何か”の存在を知る契機でもあった。
「いいよ、それ。もらう。“ナミ”。記号として、便利そうだし」
■
その夜、少女──いや、“ナミ”は、初めて自分に名前があるという状態を楽しんでいた。
「名前があるとね〜、なんかこう……区切り? 境界? “わたし”っていう形ができた感じ〜〜」
雲を蹴り、水蒸気をまぜながら、名前の響きをくり返す。
「ナミナミナミナミナ〜〜ミ! ふふ、変な音〜〜! でもおもしろ〜〜い!!」
それは、単なるラベルだった。
だが彼女にとっては、観察される対象としての自分が「かたち」になるという、異常に刺激的な出来事だった。
彼女は今日も世界を遊ぶ。
“名前”をもって。
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