6話 よくわからないやつら
青い星が、静かに宙に浮かんでいた。
今まで通り過ぎてきたどの天体とも、明らかに違う。
雲が巻き、水が満ち、大気が層をなし、地表に無数の人工的な模様が広がっている。
「……なにこれ、すっごいごちゃごちゃしてる」
少女は高度を少しずつ下げながら、眼下の惑星をじっと観察していた。
いくつもの文明痕跡。
けれどそれは、整然とも無秩序ともつかない妙なバランスで配置されていた。
「これは……“計画”なの? それとも“なりゆき”? うーん、区別つかない……」
今まで出会った存在たちは、ある意味で単純だった。
反応する。
食べる。
逃げる。
増える。
だがこの星の住人たちは——
「意味のわからない動きをする……」
少女は雲間からそっと地表に視線を落とした。
人の姿をした存在たち。
立って歩き、群れをなし、ものを作り、壊し、そして何かを祈っている。
「この“かたち”、さっきからずーっと同じところを行ったり来たりしてる。なんで? 迷ってるの? それとも……」
ある者は大きな声で笑い、
ある者は誰もいないのに涙をこぼしている。
ある者は建物の中に閉じこもり、
ある者は空を見上げてなにかを求めている。
「わけわかんない……でも、すっごくおもしろい」
彼女は空中に仰向けで浮かび、くるくると回転しながらつぶやいた。
「しゃべってるけど……“本音”じゃなさそう。逃げてるけど……怖がってるわけでもなさそう。矛盾? 混乱? うわ〜〜〜、大好き!!」
それは少女にとって、“観察対象”として最高の素材だった。
決まった反応ではなく、反応の中にゆらぎがある。
言葉にできるはずの行動が、言葉にできない動機で揺れている。
「この星……絶対に、“わたし”じゃ理解しきれないやつ……!!」
ぞくりと背筋に快感が走った。
知的興奮。
それは少女にとって、ただの娯楽ではない。
存在理由のようなものであり、行動原理の核心だ。
■
そのうちの一群が、火を囲んで座っていた。
彼らの言語、動作、感情の波形を少女は逐一スキャンし、空中で数式のように並べてみる。
「えーと……“言ってること”と“思ってること”、ズレてるよねこれ?」
ある者は微笑みながら拳を握り、
ある者はうつむきながら目だけがぎらぎらしていた。
「え、なにこれ、最高じゃん。矛盾と混乱のオンパレード! やば! え、マジで? これ、毎日見れる?」
少女は身を乗り出して空中から舞い降りる。
しかし地表までは降りない。
彼らの視線の届かないところから、密やかに観察を続ける。
(もしかして……)
少女は思った。
(いままで見たなかで、いちばん“変”なの、こいつらかも)
食べる。
にげる。
ふえる。
それだけじゃない。
なぜか火を囲む。
なぜか笑う。
なぜか歌う。
なぜか孤独を恐れる。
理由がわからない。
でもそこに、なにか“意味らしきもの”を感じる。
いや、たぶん少女自身が意味を探したくなっているのだ。
「この星、しばらく観察決定〜〜〜!」
少女は空中で三回転して、手をぶんぶん振った。
誰も見ていない。
誰も彼女に気づいていない。
でもいい。
この星には、彼女の好奇心を満たすすべてが詰まっている。
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