52話 “たぶん”って、いちばん自由な言葉だと思うんだよね〜〜
「たぶん、これは“始まり”だと思うんだよね〜〜」
ナミは村の丘の上で寝転びながら、空を見ていた。
星がまだ眠らずに瞬いている時間。
村はまだ静かで、焚き火の煙がゆらゆらと漂っていた。
「昨日ね、わたしが“見た”ものを、あの子が“見返してきた”んだ〜〜。
ほら、ほら、昨日“交換日記”はじめたあの子! びっくりするくらい、ちゃんと観察してるの!」
彼女が言う「あの子」とは、少年リルのことだった。
ナミが思いつきで始めた“観察交換日記”を最初に書いた子だ。
木の皮に記された文字はまだ稚拙だったが、
ナミの行動や笑い方、朝の空の匂い、人々の表情の変化まで——
しっかり観察して、きちんと自分の言葉で書いていた。
「ねえ、すごくない〜〜? “見てるだけ”の遊びが、ここまでいく〜〜〜!?」
ナミはごろりと寝返り、今度は村を見下ろした。
まだ寝静まっている村。
けれど、そこには“目覚めかけたもの”の気配がある。
言葉の芽、技術の芽、想像力の芽。
それらが夜の土の中で、すこしずつ、すこしずつ膨らんでいるような——
そんな“音のないざわめき”が、ナミには聞こえていた。
「ねえ、“たぶん”だよ? “たぶん”だけどさ〜〜、
このままいったら、この子たち、勝手に“文化”とか“文明”とか作っちゃうんじゃない〜〜〜?」
ナミはむくりと起き上がった。
腕をひらひらさせながら空中を浮かび、村のあちこちを眺める。
子供が作った石の山。
焚き火に並べられた骨と果実。
獣の毛皮で編まれた“まねごとの服”。
「ふふ〜〜、なんか……“ごっこ遊び”が本物になりかけてる気がするんだよね〜〜〜」
ナミは“知っていた”。
彼らが偶然見つけた“便利なもの”を繰り返していけば、
いずれそれは“道具”になる。
そして、道具が生まれれば“働き方”が変わる。
働き方が変われば、“関係性”が変わる。
関係性が変われば、“社会”ができる。
「“社会”とか“文明”とかってさ〜〜、
たぶん、“無自覚な遊び”の延長線にあると思うんだよね〜〜〜〜!」
ナミは腕を組んでうんうんと頷いた。
その瞳には、“自分が作り上げた”という意識はまったくない。
ただ、“見ていたら勝手に育ってた”という軽やかな感覚だけがある。
「……ねえ、世界って、ほんとに自由〜〜〜!」
◆
村の広場では、今日も“観察交換”が行われていた。
子供たちは木の皮に、昨晩見た夢のことを描いたり、
気になる葉っぱの色を記録したりしている。
ナミはそこにふらりと現れて、言った。
「ねえねえ、じゃあさ、“見る”んじゃなくて、“考える”ってのもやってみない〜〜〜?」
「考える?」
少年リルが首をかしげる。
ナミはにっこり笑って言った。
「“こうだったら面白いかも”って、空想するやつ! それがたぶん、“考える”ってこと〜〜!」
その瞬間、村の子たちは目を輝かせた。
「だったら、空を飛ぶ鳥としゃべれたら楽しいかも!」
「オレは火をもっと強くする魔法があったらいいな!」
「わたしは、いちばんおいしい果物がなる木を見つけたい!」
ナミはその様子を見ながら、こっそり微笑んだ。
(“考える”って、“見えないものを信じる”ことでもあるんだよね〜〜〜〜)
その“信じたもの”は、やがて“形”になっていく。
人間たちが自ら作り出す“夢”と“嘘”と“発明”。
それらすべてが、“世界を面白くするスパイス”だった。
ナミはそう信じていた。
日が昇ると、村の空気が一変する。
大人たちは昨日と変わらぬ作業に戻り、子どもたちは遊びに夢中になる。
けれど、ナミの目にはそれが“変化の兆し”に見えていた。
「たぶん、だけどね〜〜……。
もうすぐ、“子どもたちの空想”が、“村の未来”を作っちゃうと思うんだよね〜〜〜〜」
ナミは木の上に腰かけて、木陰から広場を見下ろす。
枝葉の間からこぼれる光が、彼女の頬にやわらかく当たっていた。
その時だった。
広場の隅で、ひとりの子どもが手を伸ばしていた。
土に穴を掘り、火打石を並べ、その間に何かを置く。
ナミがふっと浮かびながら近づくと、
彼は真剣な表情で火花を飛ばし、黒い石のかけらをじっと見つめていた。
「ねえねえ、それってなに〜〜?」
ナミの問いに、少年は少し驚いたが、恥ずかしそうに笑った。
「……昨日、おばあちゃんが『火って精霊のくしゃみでできてる』って言ってた。だから、くしゃみの真似したら火が出るかなって……」
ナミはぽかんとした顔で見つめ、そして——爆笑した。
「ぶはっ! なにそれ! かわいすぎる〜〜〜!!
え? 精霊のくしゃみ!? おなか痛い〜〜〜〜〜!」
少年は少し不満げに眉をひそめたが、ナミはすぐに頬を緩めて言った。
「でもね、それってすごくいいアイデアだと思うよ〜〜。
“精霊のくしゃみ”なんて、想像でしか作れないもん〜〜!」
少年は照れくさそうに笑って、再び火打石に向き合った。
火花が弾ける。
何度も、何度も、石が擦れ、火が生まれかけては消える。
ナミはそれをじっと見つめながら、ふとつぶやいた。
「“たぶん”ってさ〜〜、いちばん自由な言葉だと思うの」
「自由?」
少年が火打石の手を止めて、顔を上げた。
「うん、“たぶんできる”とか、“たぶん無理かも”とか。
“たぶん”ってつけるだけで、なんでも可能性にできる気がするの〜〜。
それってすっごく自由じゃない〜〜?」
少年はよくわからないなあ、という顔をしたが、
それでももう一度火打石に向き直った。
そのとき——
パチッ
小さな火が、石の破片の上に灯った。
少年の目が見開かれ、同時にナミが宙でぐるぐる回った。
「うっそぉ!? え、できた!? くしゃみ作戦、成功!? うわああああ、これ、わたしの中で今年一番の“進化”です〜〜〜〜!」
少年は不思議そうに火を見つめ、ゆっくりと両手を合わせた。
ナミもそれを見て、胸の中にふわっと風船がふくらんだような気分になる。
この子たちは、自分の目で世界を見て、
自分の手で世界を動かそうとしている。
ナミの干渉があったかどうかなんて、どうでもいい。
(この世界、“おもしろいことだらけ”だよ〜〜〜〜〜!)
ナミは宙を跳ねるように舞い上がり、空の高みから村全体を見下ろした。
火を囲む子どもたち。
空を見上げる年寄り。
静かに土を耕す母親たち。
すべてが愛おしく、すべてが好奇心に満ちている。
「ねえ、“たぶん”この世界は、まだまだわたしを飽きさせてくれないよね〜〜〜?」
ナミはくるりと回転して、夜の空に向かってふわりと笑った。
その笑顔は、まるで新しい冒険を見つけた子どものようだった。
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