51話 “見てるつもり”って、たいてい“見られてる”よね〜
「ねぇ〜〜、なんかさ〜〜……わたし、“見られてる”気がするんだよね〜〜〜〜〜?」
ナミは村はずれの斜面に寝転びながら、空にぽつんと呟いた。
本来なら、見てる側なのに。
観察してる側なのに。
なのに、最近――
なにかが、自分の背中に視線を残していく気がしてならない。
◆
村では、ナミのことがちょっとした噂になっていた。
「旅の子だって言ってたけど、あの子……妙に“馴染んでる”気がするよな」
「うん。まるで、前から知ってたみたいに、いろんなことを“楽しんでる”よね」
「でもさ、ちょっとズレてるっていうか……うまく言えないけど、なんか“不思議”なんだ」
ナミはその会話を、隣の屋根の上から聞いていた。
「うわ〜〜〜っ、やっぱり“わたしのこと”、見られてた〜〜!? いや〜〜〜ん、なんかくすぐった〜〜〜い!」
それは、まさに“観察されている”感覚。
でも、嫌じゃなかった。
むしろ――
「これが“注目される”ってやつなんだ〜〜! な〜〜んか、楽しいかも〜〜っ♪」
◆
その日の夕方、広場で火を囲んでいた村人たちの輪に、ナミも座っていた。
だれかが昔話を語り、だれかが木の笛を吹いて、
だれかがそっと、ナミの横に手作りのお菓子を置いてくれる。
ナミはふと、隣の青年に声をかけた。
「ねえねえ、どうしてわたしのこと、そんなに見てくるの〜〜?」
青年は少し戸惑ってから、笑った。
「君のことを“気にしてる”んじゃなくて、君が“気になっちゃう”んだと思うよ」
「え、なにそれ〜〜〜! ちょっと詩的じゃない〜〜!?」
「だって、君、全部が“新鮮”なんだもん。何しても楽しそうで、目が離せないんだ」
その言葉に、ナミは目を丸くした。
(わたし、“見られてる理由”が、“面白いから”って……めっちゃ光栄なんだけど〜〜!?)
ナミはその晩、村の外れにぽつんと座っていた。
月明かりの下で、村の光を見下ろしながら、にまにまと口元を緩める。
「なんかさ〜〜……“人間”ってさ〜〜……ほんとに、いい観察対象だよねぇ〜〜〜〜♪」
そう言いながら、ナミは手のひらで夜空をかきまわす。
それだけで、星がわずかに瞬きを変えた。
“世界”に干渉する力。
自覚はしていないが、ナミが“見た”ものは、少しずつ変化していく。
彼女の“視線”こそが、世界の原動力になりつつある。
──だけど。
「“わたしを見てくる”って、ほんとに、おもしろい〜〜〜!」
ナミにとって、観察されるという体験は、これまでにない刺激だった。
なにしろ、彼女はずっと“見る側”だったのだ。
天の高みから、ただ一方的に見下ろしていた存在が、
今は地べたを歩き、火に当たり、村人にお菓子をもらいながら、
彼らの輪のなかに“混ざっている”。
「……混ざるって、思ってたよりも、ぜんぜん退屈じゃなかった〜〜〜」
空の上からでは気づけなかった匂い。
食べ物の温度。
人の手の硬さ。
まばたきのタイミング。
そういった“細かい観察”は、地上に降りなければ得られなかった。
「しかも、こっちが“観察してる”って思ってたのに、向こうも“観察してた”っていうね〜〜〜!」
ナミはくすくすと笑い転げる。
「“見てるつもり”って、たいてい“見られてる”んだねぇ〜〜〜〜〜」
◆
その翌日。
ナミは、村の広場に出ると、いきなり宣言した。
「ねえねえ、みんな〜〜! “交換日記”ってやつ、やってみない〜〜〜〜!?」
「えっ、なにそれ?」
村人たちの反応は、きょとん、としたものだった。
ナミは、地面に枝でざかざかと説明図を描く。
「えっとね、これは、“わたしが見たこと”と“あなたが見たこと”を、交代で書く遊びだよ〜〜〜〜!」
──つまり、“観察の共有”。
最初はぽかんとしていた村人たちも、
ナミがその場で真剣な顔をして絵を描きはじめると、
少しずつ興味を持ち始めた。
「なんか……楽しそうだな」
「じゃあ、俺も描いてみるよ。昨日見た“赤い光る虫”のこと」
そうして、火のまわりにひとつのノートができあがった。
木の皮に墨で描いたそれは、
やがて“村の記録帳”になっていく。
「ね〜〜〜っ、これってさ〜〜、“見ること”が“遊び”になるってことだよねぇ〜〜〜〜!」
ナミの提案がきっかけとなって、
この村には“観察文化”が根づきはじめた。
そして、ナミ自身もまた、“観察されること”に喜びを覚えていく。
(見ることも、見られることも、どっちも楽しいなら、きっと“世界”ってすごくいいもんなんだねぇ〜〜〜〜♪)
星空の下、村のあちこちから灯る焚き火を見ながら、ナミは空に浮かんだ。
人間という存在の、想像もつかない方向への進化と創造。
それをこれからも、もっともっと近くで、見ていたい。
それが、ナミの“今の気分”だった。
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