49話 “人間になってみる”って、遊び心には勝てないよね〜〜
「よしっ……今日から、わたしは“ただの旅人の少女”ってことで〜〜〜す!」
ナミは朝の空気のなか、村の入口の小道で背筋をぴんと伸ばした。
真っ白な髪、無邪気な笑顔、そして“正体不明な浮遊感”。
傍目から見れば、少し風変わりな、けれど愛想のよい子どもにしか見えない。
「この村のひとたちって、朝になると“いっせいに働きだす”んだね〜〜〜! おもしろいっ!」
ナミは村人たちの行動を観察しながら、石垣の上にちょこんと座っていた。
「みんな、“何かに向かって動いてる”って感じ……でも、“何をしてるか”はよく分かんない〜〜〜」
それでも、その“分からなさ”が彼女にとっては極上の娯楽だった。
◆
「……お嬢ちゃん、こんなとこでなにしてるんだ?」
ふと、農具をかついだ老人が声をかけてきた。
ナミはぱっと顔を上げ、ぱあっと笑顔を浮かべる。
「こんにちは〜〜っ! このへん、いろいろ“初めて”で、すっごく楽しいです〜〜!」
「……旅の子かい?」
「たぶん、そんな感じで〜〜す!」
老人は一瞬ぽかんとしたが、すぐに苦笑して、畑の方へ去っていった。
ナミはその背中を見送りながら、こっそり呟いた。
「……いまの、“会話”だったんだよね〜〜?」
不思議な感覚だった。
空から見ていたとき、会話は“情報のやり取り”にしか見えなかった。
でも、いまは――
「“言葉の間”って、こんなに体温あるんだ〜〜〜〜っ」
伝えようとしてないことが、伝わっちゃったり。
何も言ってないのに、何かが共有されていたり。
「やっぱり、来てみて正解〜〜〜〜〜っ!」
ナミは足をぶらぶらさせながら、空を見上げた。
雲の向こう、昔の自分がいたあたりを見ながら、小さく手を振った。
「じゃあ、今日も“観察”、楽しむぞ〜〜〜〜っ!」
村の中心にある井戸の前で、ナミは腰に手を当てて立っていた。
「う〜〜〜ん、この“水をくむ儀式”、リズムが面白い〜〜!」
縄をたぐる、桶を引く、水を分け合う。
その一連の流れが、まるで“舞踏”のように見えた。
ナミはちょこちょこと歩きながら、あちこちを観察して回る。
花を売る少女、木材を運ぶ兄弟、道の端で昼寝する犬。
全部が、“人間らしい”ということそのものだった。
◆
昼過ぎ、広場の片隅で座っていたナミのもとに、ひとりの少年がやってきた。
「ねえ、君、どこから来たの?」
ナミはにっこり笑って言った。
「わかんない〜〜っ!」
「えっ……?」
「でも、“来てみたら楽しかった”って感じ〜〜!」
少年は困ったように眉をひそめたが、すぐに笑った。
「君、変な子だね」
「うん、よく言われる〜〜!」
ナミは何でもないように笑うが、内心では驚いていた。
(わたし、“対話”してる……。
しかも、これ、“ただの言葉のやり取り”じゃなくて――“反応”だ!)
◆
会話のあと、ナミは広場の端に移動して、ひとりごとのように呟いた。
「これ、想像してたのより……ずっと、面白いかも〜〜〜」
目の前にいる人間たちは、
構文も祈りも使わずに、感情を伝えてくる。
ちょっとした間。
声の調子。
目線の向き。
全部が“観察対象”としての情報でありながら、
“自分に向けられたもの”として、ナミの中に入り込んでくる。
「これってもしかして、“観察”じゃなくて――“関係”ってやつ……?」
そう思った瞬間、ナミの胸がきゅっとなった。
◆
その夜、ナミは村はずれの小道で空を見上げていた。
今日だけでも、たくさんの“情報”があった。
でも、それ以上に――
「“遊び心”って、やっぱり最強なんだね〜〜〜〜」
最初は観察だった。
でも、いまはすでに、“その場にいる”という感覚に心が震えている。
「よしっ、しばらくこの姿で遊んでみよ〜〜〜っ!」
ナミはにっこり笑い、手をぐるぐる振った。
人間になってみたナミは、
今日もどこかで“わかりそうでわからない感情”を探しにいく。
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