48話 “降りてみる”って、思ったよりドキドキするよね〜〜
「じゃ〜〜ん! できました〜〜! “人間の姿セット”、仮完成〜〜〜っ!」
ナミは満面の笑みを浮かべ、雲の上でくるくると自分を回転させた。
肩までのふわふわ白髪、よく笑う口元、ちょっと子どもっぽいけどバランスのとれた体格。
元々、姿形に制限はなかったが、“人間のふり”をする以上、それっぽく整える必要があった。
「よしよし、見た目はこれでOK〜〜! 次は……動きの練習っ!」
ナミは膝を抱え、ゆっくり着地のポーズを試してみる。
「“普通に歩く”って、むずかし〜〜! みんなよくこんな、足と腕を交互に振るリズム、間違えないな〜〜?」
数回転びながらも、ナミは笑顔で立ち上がる。
失敗すら面白くて仕方がない。
「あとあと〜、“喋り方”も人間ぽくしなきゃだよね〜〜。
……って思ったけど、わたし、いつも通りで十分っぽい気もする〜〜〜!」
確かに、ナミの普段の喋り方は、妙に“無邪気でフレンドリー”で、人間の子どもに近い。
だから逆に、まったく違和感がないかもしれない。
「じゃあさっそく、準備完了ってことで――降りちゃおっか〜〜〜〜〜っ!」
ナミは両手を空に伸ばし、ぴょんと跳ねるようにして宙に舞った。
そのまま、重力という概念すら忘れて、地上に向かってすーっと滑空していく。
◆
最初に足をつけたのは、木々に囲まれた小さな村のはずれ。
人の気配はあるが、視線は届かない。
ナミは、そっと土を踏んだ。
「……うわ〜〜〜、地面って、“重い”んだね〜〜!?」
空の上で浮いていたときには感じなかった、“重み”と“湿気”。
靴の裏に草がまとわりつく感覚が、妙にリアルで笑いが込み上げた。
「や〜〜ん、なんかくすぐったい〜〜っ!」
それは、これまで見てきたどんな“観察”よりも、生々しい感覚だった。
ナミは目を閉じて、草のにおいを吸い込む。
「これが、“地上”かぁ〜〜。
……わたし、ついに“こっち側”に来ちゃったんだね〜〜〜〜っ!」
その胸に浮かぶ、言葉にできないワクワクと、
ほんのすこしの、名前のない不安。
ナミは、足元の石をひとつ拾い上げた。
「これも、“人間たちが踏んでる地面の一部”だよね〜〜」
その重さ、ひんやりした温度、指に感じるザラつき。
何気ない小石が、いまは宝物みたいに思えた。
「空から見てたときは、“ただの景色”だったのに……
いまは、全部が“わたしと同じ場所にある”って感じ〜〜〜!」
◆
そのとき、村の方から誰かの声が聞こえた。
「……そっちは森の方だ。気をつけろよ!」
「はーい!」
ナミはびくっと肩をすくめて、慌てて木陰に隠れた。
「わわっ、そっかそっか、わたし今、“見られる立場”なんだった〜〜〜〜っ!?」
これまで見ていた側が、いまや“見られる”可能性のある側になった。
それだけで、胸がドキドキして仕方がない。
「はじめて“人間の目線”と“わたしの目線”が同じ高さになるって、
……こんなにも、世界が違って見えるんだね〜〜〜〜〜〜」
◆
やがて、茂みの向こうから一人の少女が現れた。
手に木の枝を持ち、何かを探している様子。
ナミは見つからないように、そっと木の後ろにまわる。
(どうする? 話しかける? それとも、観察を続ける?)
思考がくるくる回る。
でも、なぜだか不思議と――怖くはなかった。
“ただ見ているだけ”では、味わえなかったこの緊張感。
“観察対象”だった人たちと、同じ空気を吸っているこの感じ。
ナミは、自然と笑みをこぼしていた。
「ねぇ、“ふれあう”って、やっぱりちょっと……ドキドキするんだね〜〜〜〜っ」
結局、その少女に声をかけることはなかった。
でも、それでも――ナミにとっては、大きな一歩だった。
“観察者”が、“接触者”になるための一歩。
◆
その夜、ナミは村はずれの丘で寝転がりながら空を見上げた。
こんなに近くに空があるのに、それが今までいた場所とはまるで違うと、
今さらながらに実感する。
「……ねぇ、わたし、どうして地上に降りたんだっけ?」
理由なんて、なかったはずだ。
ただ、“楽しそう”だったから。
ただ、“触れたかった”から。
でも、いまはちょっとだけ、違う気もする。
「……うまく言えないけど、“言葉にならない何か”が、わたしをここに連れてきた気がするの」
そう呟いたあと、ナミは笑った。
「うわ〜〜〜っ、今のセリフ、自分で言っててくすぐった〜〜〜〜いっ!」
そして彼女は、初めての“地上の眠り”に身を預ける。
観察者としてでも、創造者としてでもない。
ただ“ここにいる誰か”として――
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