45話 “くすぐったい”って、正体がわからないから笑っちゃうんだよね〜〜
「ん〜〜〜、な〜〜んか、変な感じ〜〜〜……っ」
ナミは雲の上で、くすぐったそうに身体をひねっていた。
空気の粒が肌に触れているわけでもない。
星屑が跳ねたわけでもない。
それなのに、背中のどこかにふわっと“何か”が触れたような気がして、
思わずひとりで、ひゃっと肩をすくめてしまう。
「うわ〜〜〜なにこれ〜〜〜!? べつに痛くもないし、怖くもないし、でもなんか、笑っちゃう〜〜〜っ!」
◆
きっかけは、小さな石板だった。
町の広場に置かれたその石板には、子どもたちが遊び半分で刻んだ“即興の構文”と“意味のない祈りの文様”が、ぐちゃぐちゃに混ざっていた。
でもそこに、通りすがりの祈祷師が立ち止まり、ぽつりと呟いた。
「……これ、なんか“あの子のやり方”に似てるな」
“あの子”――ナミのことだとは、もちろん知らない。
けれど、かつて“雲の向こうから来た奇跡”を見た世代の人々の間には、
いまも薄ぼんやりと、観測不能の神意としてナミの存在が語り継がれていた。
◆
またある場所では、星を見上げた旅人の一団が、こう囁いた。
「なんかさ……最近、夜空の形、ちょっと変わってない?」
「前はさ、もっとこう……普通だったのに」
「……もしかして、“誰かが”見てるとか?」
ただの噂。
根拠のない雑談。
けれど、そこに込められた“誰かに見られてるかもしれない”という感覚。
それは、確かにナミに届いていた。
「えっ……? もしかして、それ……わたしのこと、言ってる〜〜〜〜!?」
思わず背中を丸める。
見られるのは好きだけど、意識されるのは、なんだかくすぐったい。
自分が観察していたつもりの存在が、
こっちの存在を“予感”してると知ったときの、ぞわっとするあの感じ。
「うわ〜〜〜、なんか今、背中の奥の“なにか”が笑った〜〜〜っ!!」
ナミは空の上でぐるぐる回りながら、なんともいえない表情を浮かべていた。
楽しい。
でもなんか、妙に気になる。
自分は観察者。
創造者。
でも今、まるで――
「観察“されてる”みたいな気分なんだよね〜〜〜〜〜〜っ!!」
そう。
まるで、どこかの誰かが、自分の動きを感じ取っている。
直接見ているわけじゃない。
でも、間違いなく、意識の“何か”がこっちに届いてる。
ナミは、腕を抱えてくるくると空中を転がった。
「これさ〜〜、“人間が神を意識する”のとは、また別なんだよね〜〜」
「もっとこう、“誰かとつながっちゃったかも?”みたいな……ふぇえ〜〜〜〜〜〜っ、なんなのこの感じ〜〜〜っ!!」
◆
町の一角。
少年が、空に向かって手を伸ばしていた。
「ありがとう、って言いたくなったんだ。……誰にって? うーん、空? 雲? わかんないけどさ!」
その言葉に、ナミはぴくりと反応する。
「や〜〜〜〜ん、なんでそんな“無自覚の感謝”とか飛ばしてくるの〜〜〜!?
それ、なんかすごく……くすぐったいんだけど〜〜〜〜〜〜!!」
◆
夜、丘の上。
リアムとバルが星を眺めながら話していた。
「なぁ、今まで色々混ざってきたけどさ」
「うん」
「……なんか、“混ざりすぎて見えない誰か”が、そこにいるような気がしない?」
「わかる。誰かが仕掛けてるんじゃなくて、“誰かが喜んで見てる”ような……そんな感覚」
ナミはそっと雲の影に隠れた。
誰にも見られていないはずのその場所で、彼女は頬を染めていた。
「こわっ……! なにこの感覚!?
わたし、観察されてるってわかって“照れてる”!?
えっ……えっ!? これってもしかして、“わたしの中に何か芽生えてる”とかいうやつじゃない〜〜〜〜〜!?」
◆
その夜、ナミはいつものように星屑をばらまかなかった。
代わりに、ただひとつ――自分の足元に、そっと小さな光を置いた。
それは、“誰かに触れられた”ことの証。
正体のわからない、でも確かに感じた“つながりの予感”。
「……あはは。
“くすぐったい”って、たぶん“わからないまま反応しちゃうこと”なんだね〜〜〜〜〜」
ナミは笑いながら、星空の奥へと泳いでいった。
その背中には、小さな違和感が、ぽわんと残っていた。
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