37話 ダンジョンって“未知のカタマリ”って感じで最高〜〜!
「あのねあのね、わたし、ちょっと退屈してたの〜〜〜!」
ナミは地図のない空間を、指でぐるぐるなぞっていた。
学びの小屋も、試験の盛り上がりも、楽しかった。けれど、慣れは刺激を薄める。
次が欲しい。もっと“わからない”が欲しい。
「ねぇ、“わからないもの”って、放っておくと、すっごく魅力的にならない〜〜?」
そう言って彼女は、空間のひとところをきゅっとつまんだ。
そこに、ゆらゆらと、黒い穴が開いた。
◆
最初にそれを見つけたのは、近くの村の子どもたちだった。
山道の途中、岩の割れ目に、あり得ないほど深い“空洞”が口を開けていた。
「……ここ、昨日まではなかった」
岩肌に沿って急ごしらえの柵が立てられ、村の大人たちは首をひねった。
「風が……下から吹き上げてる」
「音がする……なんだこれは……?」
けれど、ナミには見えていた。
その“空洞”の中に、自動生成された迷路構造、動く床や罠、魔素に反応する結晶質の壁が、
まるで彼女の観察メモがそのまま立体化したように、広がっていた。
「うっひょ〜〜〜〜!! これこれ〜〜! これだよね〜〜! “未知”のにおい〜〜〜!!」
彼女は穴の上をぐるぐる飛びながら、興奮を抑えきれなかった。
「“一歩入ったら戻れるか分かんない”って状況、ほんっと好き!!
だってそれって、思考と本能と、勇気と欲望がぜんぶ混ざるじゃん〜〜!!」
数日後。
最初の調査隊が組まれた。
学びの小屋で訓練を積んだ冒険者志望の若者たちが、ロープを身体に巻きつけ、松明を持って穴へと足を踏み入れた。
その様子を、ナミは雲の上から身を乗り出して見ていた。
「ふふふふ、見て見て〜〜〜〜。わたしの“実験室”にようこそっ!!」
初めて足を踏み入れた冒険者たちは、そこがただの洞窟ではないことをすぐに悟った。
床がきしむたびに“音”が跳ね返り、壁に触れれば“温度”が変わる。
結晶のような石が時折光を放ち、狭い通路の奥からは、低く唸るような音が響く。
「この壁……文字が彫られてる……いや、これは図形か?」
「待て、ここ、床の模様が左右で違う。何か仕掛けが――」
ナミはその様子に、もうニヤニヤが止まらなかった。
「いいね〜〜〜〜、その“警戒してる顔”! “わかんない”って顔! 最高すぎる〜〜〜!」
彼らは慎重に進み、突き当たりの部屋で、光る球体を見つけた。
青白く、ふわりと浮かぶそれは、誰が触れても反応しなかった。
ただ、手をかざした者の中に、ほんの一瞬“別の記憶”のような映像が流れたという。
――あれは、過去? 未来? それとも、ただの幻?
「意味わかんないものを、意味づけしようとする人間、ほんと面白い〜〜!」
ナミはその球体に、**幻視結晶**という名前を付けて、観察メモに記した。
「次は〜〜〜、ちょっと罠も入れてみよっかな〜〜?」
彼女が指を一振りすると、迷路の角に小さな“重圧板”が現れた。
踏めば音が鳴る。それだけ。
でも、それが“何かを起こすかもしれない”と考えた瞬間、人間たちは試される。
「選択の余白って、めっちゃおもしろいよね〜〜。
そこに“意味”を見出すのは、ぜんぶ、見てる側なんだもん!」
◆
ダンジョンが“発見”されてから、村の様子は大きく変わった。
人々は“探検者”を“冒険者”と呼ぶようになった。
新たな制度が生まれ、出入りの管理、探索報告、記録管理、報酬分配などが整備されていく。
誰かが言った。
「この場所は、“神が用意した試練”だ」
別の誰かが答えた。
「いや、“知恵を試す迷宮”だ。記憶の倉庫、あるいは……神の記録庫かもしれない」
言葉が、解釈が、信仰が、迷宮にまとわりつく。
ナミは空からそのすべてを見下ろしていた。
「ふふふふふ……勝手にどんどん“意味”をつけてくね〜〜〜。最高!」
彼女は笑いながら、空に指を走らせた。
一つの線が、空中にゆっくり浮かび上がる。
それは、次のダンジョンの原型。
水に満たされた洞窟、逆さの天井、魔法を吸収する霧。
すべてが“よくわからない”ままで構成される、“わかりたい”を誘発する塊。
「わたしってほんと、観察者というより、刺激屋さんかも〜〜?」
ナミはにこにこ笑いながら、次のダンジョンの出現地点を定めた。
その場所は、今度はもう少し遠くの国――まだ“冒険者”という言葉すらない土地にする。
「知らない人たちが、知らないものを、どうやって見つけて、どうやって名づけてくか――
それを、また“知らない誰か”が使っていく……。うん、こういうのが一番好き!!」
観察者の手は、今日もまた世界を“混乱させるほどに整えて”いく。
誰にも見えない場所から、世界の底に向けて。
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