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35話 教えるってことは、変わるってことでもあるよね〜〜


人は、言葉を交わして、線を引いて、何かを伝える。

昨日それが“祈り”だったものは、今日には“手順”になって、明日には“教科”になるのかもしれない。


 


ナミは雲の端にちょこんと腰を下ろして、その光景を見つめていた。

村はずれの集まりは、もう完全に“輪”ではなくなっていた。


 


布を屋根にし、土を固めて床にし、木材で区切られた空間には、五、六人ずつが小さな机を囲んで座っていた。

中央には木の台。そこには文字がびっしりと書かれた板が立てられている。


 


「うっわ〜〜、本格的になってる〜〜!」


 


ナミは宙を泳ぎながら、机と机のあいだをすり抜けた。

彼女の気配に誰も気づかない。

その様子は、まるで精霊がふわふわと漂っているかのようだ。


 


講師のように立っているのは、例の若い女――ミーナ。

最初に板に線を引き、“封じ手”を示した張本人だ。


 


彼女の声はよく通り、言葉は明快。

けれどその眼差しは、昨日よりもずっと、迷いが混ざっていた。


 


「この図形は“加速”を意味します。エネルギーを帯びた対象にこれを重ねると……」


 


説明の途中で、ひとりの少年が手を挙げた。


 


「でも、昨日の式では“爆発”になったんです。あれは加速じゃないと思います」


 


教室がざわつく。

ミーナは一瞬言葉を詰まらせた。


 


「……そうね。あれは、私が考えていた以上に“熱”を増してしまった」


 


彼女は板の端に新しい線を描きながら、そっとつぶやく。


 


「ありがとう、訂正しておくわ。“加速”は、力の方向も見なきゃいけない……」


 


ナミは、ミーナの後ろでくすっと笑った。


 


「へえ〜、“教える”って、訂正したり、疑問に応えたりすることなんだ〜〜?」


 


それは、彼女にとってちょっとした発見だった。


 



 


授業が終わったあと、ミーナは板を抱えたまま裏の井戸へと向かった。

水を汲むのではなく、ただ腰を下ろして深呼吸するだけ。


 


「……疲れるわけだよねぇ」


 


ナミはその隣に浮かびながら、頭を傾ける。


 


「人に教えて、聞かれて、また答えて、自分の中の“正しさ”も変えて……」


 


彼女は空に指をかざし、小さな星屑をくるくると回す。


 


「その人、昨日まで“答え”だと思ってたものを、“問い”にしなおしてる」


 


そのとき、小屋の陰からもうひとりの人影が現れた。


 


それは、老女エルザ。かつて薬草を煎じていた者であり、今では“薬液授業”を担当する補佐役だ。


 


「若いのは、肩に乗せすぎる」


 


エルザは、ミーナの隣に腰を下ろし、ひょうたんの水を差し出した。


 


「私は祈っているだけだった。けれど、お前は“答えよう”としている」


 


ミーナは小さく笑った。


 


「……教えるって、こんなに自分も動くんですね」


 


「そうさ。“教える”ってのは、伝えるだけじゃない。

 自分の“わかってなかったこと”にも向き合う作業だ」


 


その言葉を聞いて、ナミは星屑をぽとりと落とした。


 


「教えるって、“観察される側”になるってこと?」


 


それは、彼女にとってとても奇妙な逆転だった。


 


自分はずっと、誰かを見る側だった。

記録して、楽しんで、比べて、笑って。

でも“教える”という行為には、見られる緊張、問い返される不安、そして変わっていく柔軟さがある。


 


ナミは目を細めた。


 


「“変わらない”ってことが、観察者としての私の強みだと思ってたんだけど……

 “変わる側”って、こんなに忙しくて、でもちょっと楽しそうなんだね〜〜」


 



 


数日後、小屋の中では新しい授業が始まっていた。


 


今度はミーナではなく、かつての生徒だった少年が前に立っていた。

彼は紙を震わせながら、「昨日の図形に、これを加えると……」と話し始める。


 


ミーナはその後ろで、静かに見守っていた。


 


ナミは天井付近に漂いながら、そっと星屑を一つだけ、床に落とした。


 


「“教わる者”が“教える者”になる。

 “正しさ”が疑われ、修正され、また誰かに渡される……」


 


彼女はひとり、くすりと笑った。


 


「ねぇねぇ、“知識”って、なんかもう“生き物”じゃない〜〜?」


 


その夜、ナミは広場の中心にそっと種を一つ置いた。

小さな結晶のようなその塊は、声に反応して微かに光った。


 


「さて、これに気づくのは誰かな〜〜?」


 


新しい“問い”が、またひとつ。

観察は、終わらない。

それは変わる者たちの中で、ますます面白くなっていくから。

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