第88話 追跡の始まり
桜花武道学園、2-B組の教室。
昼休み。
早川拓也たちは窓際の席に座っていた。早川が壁に寄りかかり、神崎海人、柊和希、橘隼人がその周りに集まっている。
その陣形を見るだけで、早川がこのグループのリーダー的存在だとわかる。最強の依りどころである壁際を占めているのは、まさに王者の座り方だ。彼らにはそんな自覚はないだろうが、自覚がないからこそ、それが本能的な行動だということがわかる。
三人はそれぞれ違う役割を演じている。
「なあなあ、うちのクラスで誰が一番可愛いと思う?」
橘隼人が話題を振った。
「そりゃやっぱり高橋さんじゃね?」神崎海人が応える。
「いやいや、佐々木さんの方が絶対可愛いって!」柊和希が場を盛り上げるように大きな声で言った。「あの笑顔とか最高だろ!」
まるでリハーサル済みの芝居のようだ。シェイクスピアが「世界は舞台」と言ったが、周天明から見れば、すべての男女は、ただ自分の役を演じているだけだ。
そしてこの舞台の演出家兼観客である早川拓也は、時折彼らと一緒に笑い、時折話題を提供し、時折調子を合わせている。
早川拓也――2-B組の人気者。
自然な茶色の短髪、整った顔立ち、すらりとした体型。サッカー部のエースストライカーで、成績も悪くなく、性格は明るく、人当たりも良い。
男女問わず好かれるタイプだ。
「でも学年全体で見たら――」橘隼人が続けた。「やっぱり神代先輩じゃない?」
「あー、それは間違いない」神崎海人が頷いた。
「剣道の天才少女で、あんなに美人で、完璧すぎるだろ」柊和希が興奮気味に言った。
早川が微笑んで頷いた。「神代先輩は確かにすごいね」
周天明は自分の席で弁当を食べながら、スマホに保存した武学のノートを読んでいた。
見ているうちに、彼はいくつかの小さな変化に気づいた。
ああ、早川が少し舌打ちした。
隣の奴が話し始めたら、急に黙り込んだ。
つまらなさそうにスマホをいじっている。たぶん話題についていけないんだろう。
「南条はどう? 陸上部の」神崎海人が聞いた。
「南条も可愛いよな。あの健康的な感じがいい」橘隼人が言った。
「ポニーテールが似合ってる」
「性格も明るいし、頑張り屋だし」
「でも家が貧乏らしいぞ」柊和希が小声で言った。
「それがどうした」早川が軽い口調で言った。「いい子じゃないか」
彼の口調は自然で、まるでこの話題は単なる雑談に過ぎないかのようだった。
「あ、でも三年の白鳥先輩もすごいよな」橘隼人が言った。
「白鳥鈴音先輩か。あれは別格だな」神崎海人が頷いた。
「でも近寄りがたいよね」
「クールビューティーってやつだ」
早川は微笑みながら相槌を打ったが、周天明は彼がまたスマホをいじり始めたことに気づいた。
明らかにこの話題には興味がないようだ。
「でも本当のお嬢様と言えば――」柊和希が声を潜めた。「一年A組の氷室千雪だろ」
「はぁ――」
何人かが同時に息を呑んだ。
氷室千雪――一年A組、桜花武道学園の伝説的な新入生。
銀白色の長髪、氷のような青い瞳、まるでおとぎ話の氷の女王のような少女。名門の出で、古い武道家の家の令嬢だと言われている。ピアノ、茶道、剣術、すべてにおいて驚異的な才能を持つ。
しかし何より印象的なのは、あの近寄りがたい雰囲気だ。
まるで世界全体が彼女とは無関係であるかのように、いつも一人で、他人を寄せ付けない。
「あれはもう……俺たちが近づけるレベルじゃないよな」橘隼人が苦笑した。
「告白した先輩、全員秒で振られたって聞いたぞ。言葉も最後まで言えなかったらしい」
早川が軽く笑った。「確かに高嶺の花だね」
その時、周天明の隣に座っている秋川拓海が突然振り返った。
秋川拓海――周天明の隣の席の、眼鏡をかけた内向的そうな男子生徒。
「あの……周くん」
秋川が恐る恐る声をかけた。
周天明が顔を上げて彼を見た。
「ん?」
「周くんは……クラスで誰が一番可愛いと思う?」
秋川の声は小さかったが、このタイミングで早川たちの注意を引いた。
早川がスマホから顔を上げて、こちらを見た。
教室が一瞬静かになった。
多くの人が周天明を見ている。
周天明――転校生で、普段は目立たないが、実力があると噂されている。健康診断で異能力の数値が132キロカロリーに達した。普通の生徒の1.3倍以上だ。
しかも顔立ちも悪くなく、独特な雰囲気を持っている。
こんな人は、どんなタイプの女子が好きなのだろう?
周天明は箸を置いて、数秒沈黙した。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「色即是空、空即是色」
「……?」
「……?」
「……?」
秋川が固まった。
早川たちも固まった。
教室のざわめきが止まった。
「ま、待って、周くん何言ってるの?」秋川がどもりながら聞いた。
「つまり――」周天明は落ち着いた口調で続けた。「いわゆる『好き』というのは、心の妄念が投影されたものに過ぎない。女子生徒本人に優劣があるわけじゃなく、俺たちの執着が彼女たちに違うラベルを貼っているだけだ」
「高橋さんも、佐々木さんも、神代先輩も、南条も、白鳥先輩も、氷室さんも、みんなただの普通の女子生徒だ。俺たちが言う『好き』は、彼女たちのある特質への執着に過ぎない」
「その執着は、いずれ消える。夢幻泡影のように、露や稲妻のように」
周天明はそう言って、再び弁当を食べ始めた。
まるで今言ったことが驚くべき発言ではなく、ただ事実を述べただけのように。
「……」
「……」
「……」
秋川は完全に言葉を失っている。
早川たちも顔を見合わせた。
「お、お前……」秋川が小声で言った。「出家するつもり?」
「違う」周天明は淡々と答えた。「ただ見えているだけだ」
「見えてる……?」
「そうだ」周天明は顔を上げて、真剣に秋川を見た。「手に入らないものに執着するより、自分を高めることにエネルギーを使った方がいい。お前たちが今話していた女子生徒たちは、結局お前たちが接触できない存在だ。妄想に時間を無駄にするより、自分を向上させることに集中しろ」
「十分に強くなれば、自然と適切な人に出会える」
そう言って、周天明は立ち上がり、弁当箱を持って水場に向かった。
秋川と早川たちは呆然とその場に残された。
「俺……説教された気がする……」橘隼人が小声で言った。
「しかも転校生に……」柊和希も複雑な表情だ。
「でも――」早川が考え込むように言った。「周くんの言ってること、間違ってない気もするな。俺たち、確かに手に入らないものを妄想してるだけだし」
「でもそれ仏教の教えじゃん!」神崎海人が抗議した。「誰が恋愛の話に仏教で答えるんだよ!」
「だから周くんは変わってるんだって」橘隼人が結論づけた。
早川は何も言わず、ただ周天明の背中を見つめていた。目に少し考え込むような光が浮かんでいた。
その時、予鈴が鳴った。
生徒たちが次々と席に戻る。
周天明は自分の席に戻り、再びスマホの武学ノートを読み始めた。まるでさっきの会話が存在しなかったかのように。
そして早川たちは、その後しばらくの間、女子生徒の話題を口にしなくなった。
なぜなら話し始めるたびに、周天明のあの落ち着いた顔と、あの言葉を思い出すからだ。
「一切有為法、如夢幻泡影」
◇
放課後。
周天明は鞄をまとめて、教室を出ようとしていた。
昨日、ローソンで南条秋奈を見かけたことがまだ頭から離れない。あの表情、あの様子――普段の明るく陽気な南条さんとは全く違っていた。
それに氷室佳奈と雾岛遥が言っていたこと。
借金、金髪の男、「今夜までに返事をくれ」――
これらの情報を繋ぎ合わせると、周天明は不安になった。
「(気になるけど……簡単に首を突っ込める話じゃないな……)」
そう考えながら、教室の出口に向かった。
教室を出ようとしたその瞬間――
「明空くん!」
活気に満ちた声が廊下から聞こえてきた。
周天明が振り返ると、神代咲がこちらに向かって早足で歩いてくるのが見えた。
彼女は今日も制服を着て、髪をポニーテールにまとめ、手には剣道部のバッグを持って、真剣な表情を浮かべていた。
「神代さん?」
周天明の言葉が終わらないうちに、教室内が騒然となった。
「ええええ!?」
「神代先輩だ!」
「神代先輩がうちのクラスに!?」
「誰を探してるの?」
「待って、周くんを呼んでる!?」
早川たちも鞄をまとめる手を止めて、驚いて入り口を見た。
神代咲は周囲の視線を完全に無視して、周天明の前まで歩いてきた。
「明空くん! 南条さんを探しに行きましょう!」
彼女の声は大きくて直接的で、熱意に満ちていた。
「え?」
「昨日のこと、一晩中考えました!」神代咲が拳を握りしめ、目を輝かせた。「南条さんは絶対に大きな困難に遭遇しています! 友達として、見て見ぬふりはできません!」
「ちょ、ちょっと待って、神代さん……」
「もう決めました!」神代咲が周天明の言葉を遮った。「南条さんを助けます! どんな困難に遭っても、根性があれば必ず解決できます!」
「……」
周天明は言葉を失った。
教室の全員が呆然としていた。
「神代先輩……熱血だな……」
「これ何の少年漫画の展開だよ……」
「『根性があれば解決できる』……単純すぎるだろ……」
秋川拓海が小声で周天明に言った。「しゅ、周くん……神代先輩、すごく本気みたいだけど……」
「わかってる」周天明が苦笑した。
神代咲は続けた。「だから! 今すぐ氷室さんと雾岛さんを探して、南条さんの状況をはっきり聞いて、それから彼女を助ける方法を考えましょう!」
「神代さん、具体的な計画はあるの?」周天明が聞いた。
「計画?」神代咲が首を傾げた。「うーん……まず状況を聞いて、それから……根性で解決します!」
「……」
「……」
教室が静まり返った。
早川が思わず小声で言った。「あの……周、神代先輩ってもしかして……」
「そう」周天明がため息をついた。「何も考えずに突っ込もうとしてる」
「聞こえてますよ、明空くん」神代咲が真剣に言った。「何も考えてないわけじゃありません。いろいろ考えました。例えば、南条さんがお金の問題なら、奨学金の申請を手伝えます!」
「神代さん、申請の仕方知ってるの?」
「知りません」神代咲が正直に答えた。「でも学べます!」
「もし不良に絡まれてたら?」
「それなら……」神代咲が拳を握りしめた。「私が話し合います! 話が通じなければ、剣道で説得します!」
「神代さん……」周天明が額に手を当てた。「それ違法だから……」
「え? そうなんですか?」神代咲が驚いた顔をした。「でも剣道って大切な人を守るためのものじゃないんですか?」
「それは武道の精神であって、喧嘩しろってことじゃないんだよ……」
教室の人たちがざわざわと話し始めた。
「神代先輩……天然だな……」
「完全に剣道バカだ……」
「でもこの熱意は可愛いかも……」
「でも周くん大変そう……」
周天明は深呼吸した。
彼は理解した。
神代咲は実力があって剣道の天才だが、社会常識については……完全に単純なバカだ。
彼女はおそらく小さい頃から守られすぎて、現実世界の暗い面について全く知識がない。
彼女の認識では、すべての問題は「努力」、「根性」、「剣道」で解決できる。
「(この人……本当に何もわかってないな……)」
しかし――
神代咲のあの真剣で純粋な目を見て、周天明は拒否する言葉が出てこなかった。
なぜなら彼は知っているからだ。
彼女の考え方は天真爛漫で、幼稚で、ちょっとバカだけど……
でも彼女は本気で南条秋奈を助けたいと思っている。
その純粋な善意は、嘲笑されるべきものではない。
「(まあいいか……)」
周天明がため息をついた。
「わかった」彼が言った。「一緒に行く」
「本当ですか!?」神代咲の顔に笑顔が咲いた。「よかった! 明空くんがいれば安心です!」
「でも先に言っておく」周天明が真剣に言った。「もし本当に危険なことや、俺たちの能力を超えることに遭遇したら、必ず大人に助けを求める。無茶はしない」
「はい! わかってます!」神代咲が力強く頷いた。「本当に危険なら、父に助けを求めます!」
「それならいいけど……」
「でもその前に、まず自分たちの力で試してみましょう!」神代咲が拳を握りしめ、目に闘志を燃やした。「これも修行の一部です!」
「……」
周天明は頭が痛くなってきた。
「あの……周くん……」秋川が恐る恐る言った。「頑張って……」
「ありがとう」周天明が苦笑した。
早川も近づいてきて、周天明の肩を叩いた。「周、お前……ご苦労様」
「どういう意味ですか?」神代咲が不思議そうに彼らを見た。
「何でもない」周天明が首を横に振った。「行こう、神代さん。2-A組へ」
「はい!」
神代咲が元気よく振り返って、廊下に向かって大股で歩き出した。
周天明は後ろからついていきながら、心の中でため息をついた。
「(これから大変そうだな……)」
でも少なくとも、一つだけ確信していることがあった。
神代咲はバカだけど、人を助けたいという気持ちは本物だ。
こういう人は、信頼に値する。
二人は一緒に2-B組を出て、2-A組の方向へ向かった。
後ろから教室の同級生たちのざわめきが聞こえてきた。
「周くんと神代先輩……どういう関係?」
「わからないけど、面白そう……」
「神代先輩、意外と可愛いな……」
「剣道バカだ……」
周天明はこれらの声を無視して、神代咲のペースについていった。
道中、神代咲が突然振り返った。
「明空くん」
「ん?」
「一緒に来てくれてありがとう」
神代咲が真剣に彼を見つめ、目には真摯な感謝の色があった。
「私、考えが足りないかもしれないってわかってます。でも……南条さんがあんなに苦しんでいるのを見て、見て見ぬふりはできませんでした」
「助けられないかもしれないけど、やってみたいんです」
彼女の声はとても断固としていた。
周天明は彼女のあの澄んだ目を見て、心の中の無力感が少し敬意に変わった。
この率直さは、逆に貴重だと感じさせる。
少なくとも彼女は大多数の人のように、考えすぎて何もしないということはない。
「わかった」周天明が言った。「じゃあ、できる限りやろう」
「はい!」
神代咲が灿烂な笑顔を見せた。
二人は歩き続け、すぐに2-A組の教室の前に着いた。
「明空くん」神代咲が歩きながら突然言った。
「ん?」
「もし南条さんが本当に借金の問題に遭遇してたら……私、お金を貸してあげます」
「お金を貸す?」
「そうです」神代咲が当然のように言った。「お金の問題なら、貸してあげればいいじゃないですか?」
「……」
周天明は数秒沈黙した。
そして、思わず突っ込んだ。
「神代さん、それって債務の相手を他人から君に変えるだけじゃない? 南条さんはまだ借金してる状態だよ」
「え?」神代咲が固まった。「でも……私は返済を催促しませんよ……」
「それなら実質あげるのと同じだ」
「あげてもいいですよ」神代咲が真剣に言った。「友達を助けるためなら……」
周天明は神代咲のあの真剣な顔を見て、一瞬何を言えばいいかわからなくなった。
この人……本当に根っからの善人だな。
というか、お金の概念がない




