第51章 決意
天明はまず目の前の連中の戦力を冷静に見極めた。
この状況で頼れるものは一つしかない。自分が修練してきた混元真気だ。
混元真気がどれだけ実力を底上げしてくれるかは別として、少なくとも相手の力量を正確に測ることはできる。
目の前に現れた極道たちは初めて見る顔ぶれだが、その纏う気迫から察するに、全員が黒龍会の正式な構成員だ。
街場で場数を踏んできた者特有の空気を纏っている。
中でも、先頭に立つ男――龍崎真一。
四十代前半と思われるその男は、仕立ての良いダークグレーのスーツに身を包み、髪は一糸乱れることなく撫でつけられ、右手薬指には金の指輪が光っている。
天明には分かった。この男から滲み出る気配は、極めて危険なものだ。
修練を積んだ者だけが持つ気配。
しかも相当な年月をかけて。
天明は龍崎真一を数秒見つめ、その実力を測ろうとした。
空手三十年……
本物の強者だ。
龍崎真一は天明の視線の意味を取り違えたのか、笑みを浮かべて言った。「どうした、坊主。俺と やり合おうってのか?」
その笑顔がかえって危険さを増幅させていた。
龍崎真一が片手を上げると、周囲の極道たちは即座に静まり返り、彼に向かって軽く頭を下げてから後方へ下がった。
天明は内心で呟いた。凄まじい威圧感だな。極道の若頭というのはこれほどまでに権威があるものなのか。
そんな思考を振り払い、天明は口を開いた。「何が目的だ」
龍崎真一は笑った。「賢い若造だ。俺は頭の回る奴と話すのが好きでね」
「要求は至って簡単だ」
龍崎真一はスーツの内ポケットから名刺を取り出し、天明の前に置いた。
「周くん、今すぐここから立ち去れ。何も見なかった、何も聞かなかったことにしてくれ」
「そうすりゃあ、お前には指一本触れないと約束しよう」
「家に帰って普段通りの高校生活を送ればいい。借金も返し続けて、剣道部も続ければいい」
「俺たちが用があるのは、神代さんだけだ」
天明は眉を寄せた。「神代をどうする気だ」
「心配するな、傷一つつけやしない」龍崎真一は笑って答えた。「神代さんをご自宅まで丁重にお送りして、彼女の父親――神代武臣さんとビジネスの話をするだけだ」
「それだけだ」
天明は言った。「それを信じろと」
龍崎真一は肩をすくめた。「信じる信じないはお前の自由だ。だがこれがお前にとって最善の選択だぜ」
「周くん、お前は賢い。分かるだろう。お前は俺たちに勝てない」
「それに……」龍崎真一の笑みが冷たく変わった。「もし協力する気がないなら、お前の家族のことも考えなきゃならなくなる」
天明の瞳孔が収縮した。
「何だと」
「周くん、お前にはいとこがいるよな。周婷ちゃん、今年十五歳で附属中学に通ってる」
龍崎真一は淡々と続けた。「それからお前の両親も、日本にはいないが、居場所は調べがついてる」
「もし協力してくれなければ……まあ、彼らの安全は保証できないな」
天明は奥歯を噛み締めた。
この手の連中が本当にやると、疑う余地もなかった。
「だが」龍崎真一は言葉を続けた。「もし今ここから立ち去ってくれれば、お前の家族には何もしないと誓おう」
「神代さんも無事に自宅へお送りする」
「俺たち黒龍会は、神代家と協力関係を築きたいだけなんだ」
「誰も傷つける必要はない」
天明は沈黙した。
背後で縛られたままの神代を一瞥する。
神代はまだ震えていた。先ほどの誘拐で相当な恐怖を味わったのだろう。
もし今、ここを離れたら……
神代は本当に無事に家に送り届けられるのか。龍崎真一の言う通りに。
それとも……
これは全て嘘なのか。
もし立ち去らなければ……
周婷が危険に晒される。
両親も危険に晒される。
「周くん、一分だけ時間をやる」龍崎真一は腕時計を見た。「一分後、返事を聞かせてもらおう」
その瞬間、天明の思考は氷のように冷え切っていた。
龍崎真一の言葉は信用できない。
極道の約束に何の価値がある。
もし自分がここを離れたら、神代はどうなる。
本当に無事に家に帰れるのか。
それとも神代武臣を脅す材料にされ、不当な契約を結ばされるのか。
あるいはもっと酷いことに……
もし立ち去らなければ……
家族が危険に晒される。
これは現実だ。
極道ならば間違いなくやる。
だが……
もし今回譲歩したら、次はどうなる。
次もまた家族を人質に脅してくるのではないか。
譲歩して何になる。
最終的な結果が変わるとでも。
天明は前世のことを思い出した。
悪の勢力を前に忍従を選んだ人々のことを。
彼らは最後どうなった。
悪の勢力は、お前の忍従で見逃してくれるか。
否だ。
連中はただ増長するだけだ。
今日は友を見捨てろと脅す。
明日は家族を見捨てろと脅す。
明後日は自分を捨てろと脅す。
そして最後には……
何一つ守れなくなる。
「時間だ、周くん」龍崎真一が言った。「返事を聞こうか」
天明は顔を上げた。
その瞳には、揺るぎない決意が宿っていた。
「断る」
龍崎真一は眉を上げた。「ほう。本気か」
「本気だ」天明は言った。「あんたの約束なんて信じない」
「極道の言葉に信用性なんてあるものか」
「神代を無事に家に送ると言っても、信じない」
「俺の家族を傷つけないと言っても、信じない」
「たとえ今日ここを離れても、明日また来るだろう」
「明後日も、その次も、永遠に終わらない」
天明は深く息を吸い込んだ。
「だから……」
「俺はここで、お前たち全員を叩き潰すことを選ぶ」
龍崎真一は一瞬呆けた顔をした。
そして笑った。
豪快に笑った。
「ハハハハハ!いい!実にいい!」
「坊主、ますます気に入ったぜ!」
「だがな……」龍崎真一の笑顔が消えた。「本当にそうするつもりか」
「俺に勝てると思ってんのか」
「この十数人の手下たちに勝てると思ってんのか」
「お前の家族はどうなる」
「神代さんはどうなる」
「全部守るってか」
「守れるのか」
天明は答えなかった。
ただ深く呼吸した。
混元真気が体内で巡り始める。
渾円樁法の気血の流動。
硬気功の護体防御。
全て、全てを発動させる。
彼は龍崎真一を見据え、怒りで震えそうになる声を必死に抑えながら言った。「俺が何のために武術を修めてきたと思う、龍崎さん」
龍崎の返答を待たず、天明は右手を上げ、五指を広げてからゆっくりと握り締めた。そして中国語で一語一語はっきりと言った。「習武之人、当有所為、有所不為。今日之事、我不能退!」
天明が中国語で言ったため、龍崎は困惑して眉をひそめた。「あ?」
天明は日本語に切り替えた。「今日のこの件では、俺は引けないと言ったんだ」
「たとえあんたに勝てなくても」
「たとえ負けることになっても」
「たとえ家族が危険に晒されても」
「俺は戦う」
「なぜなら今日引いたら、これから先ずっと引き続けることになるからだ」
「俺はそんな人間にはなりたくない」
「ただ耐えるだけの臆病者にはなりたくない」
「だから……」
天明は渾円樁の構えを取った。
「来い、龍崎真一」
「お前の空手三十年が、どれほどのものか見せてもらおう」
龍崎真一の目が鋭く光った。
「いいねえ!実にいい!話が分かるじゃねえか!」
彼はスーツの上着を脱ぎ、傍らの部下に投げ渡した。
「坊主、度胸だけは認めてやるよ」
「ならば望み通りにしてやろうじゃねえか」
「本物の空手ってやつを教えてやる」
龍崎真一は空手の構えを取った。
周囲の極道メンバーたちは自然と散開し、円形の空間を作った。
神代は極道メンバーに隔てられ、天明に近づけない。
「やめて!」神代が叫んだ。
しかし天明は振り返らなかった。
ただ龍崎真一だけを見つめていた。
混元真気が体内で咆哮する。
この戦いは……
避けられない。
「来い!」
天明は大きく気合を入れた。
そして龍崎真一へ向かって突進した!
渾円樁法の歩法を全開!
三歩で間合いを詰め、地を這うような速さ!
鉄砂掌の勁力と混元真気を合わせた全力の一撃!
「喝ッ!」
拳が繰り出される!
龍崎真一の目に興奮の色が浮かんだ。
「いい拳だ!」
彼も拳で迎え撃った!
ドンッ!
両拳が激突!
凄まじい力の衝突が、鈍い轟音を響かせた!
天明は巨大な反動を感じた。
龍崎真一の力は……
想像以上に強い!
だが――
天明は引かなかった!
混元真気が再び爆発する!
硬気功で全身を守る!
渾円樁法の連続攻撃!
ドンッ!ドンッ!ドンッ!
拳と拳が激しくぶつかり合う!
龍崎真一は連続で防御しながら、顔に興奮した笑みを浮かべた。
「いいぞ!実にいい!こうでなくちゃな!」
「来い、周天明!」
「てめえの実力、存分に見せてみろ!」
二人は瞬時に激しい戦いを繰り広げた!
拳と拳の激突!
力と力の激闘!
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