第50章 誘拐犯
天明は深呼吸し、混元真気を体内で巡らせ始めた。
気血が流れ、毛穴がわずかに開く。
これが実戦で初めて全力で混元真気を使う瞬間だ。
前世で少林寺で学んだ武術と、この世で修めた内功。
今日、その全てを発揮する。
天明は影の中を静かに移動し、入口付近まで近づいた。
痩せた男が入口に背を向けて、隅で用を足している。
天明は息を殺し、一歩部屋に踏み込んだ。
混元真気が全身を駆け巡り、速度が爆発的に上がる。
三歩で距離を詰める。地を這うような速さだ。
痩せた男は振り向く暇さえなかった――
バン!
後頭部に一撃。
痩せた男は呻き声一つ上げずに、その場に崩れ落ちた。
「何だ、今の音?」
金髪の男が振り返った。
そして入口に立つ天明の姿を目にした。
「てめえ、誰だ!?」
「ガキがどうやって入ってきた!」
他の三人も立ち上がり、ビール瓶とバットを手に取った。
「彼女を解放しろ」
天明は冷たく言い放った。
「はあ?お前一人で助けに来たのか?」
金髪の男はバタフライナイフを構えながら、嘲笑を浮かべた。
「ガキ、死にに来たのか?」
「無駄口を叩くな!」
天明は一歩も引かなかった。
混元真気が体内で激しく流れ、気血が沸き立つ。
自分の力、速度、反応、全てがかつてないほど研ぎ澄まされているのが分かる。
「やれ!このガキをぶっ潰せ!」
金髪の男が命令を下した。
赤毛の男がバットを振り上げて突進してきた。
天明は身を翻してかわし、バットを掴んだ。
混元真気が爆発し、腕に力が漲る。
バキッ!
バットが真っ二つに折れた。
「な、何だと!?」
赤毛の男が呆然とした。
天明は反撃の隙を与えない。
折れたバットを逆手に振るう――
ガン!
赤毛の男のこめかみに直撃。
赤毛の男は白目を剥いて倒れた。
「このガキ、化け物か!?」
別の男がビール瓶を掴み、天明に投げつけた。
天明は低く身をかがめてかわす。
そして鉄砂掌で相手の腹部を打ち抜いた。
ドン!
男は吹き飛ばされ、壁に激突してずり落ち、口から泡を吹いた。
「クソが!」
最後の一人が折りたたみナイフを取り出し、震える手で天明に突きかかってきた。
天明はその手首を掴んだ。
混元真気が掌に集中し、鉄砂掌の勁力が完全に解放される。
ボキッ!
骨が砕ける音が響いた。
「ぎゃああああ!」
男は悲鳴を上げ、ナイフを落とした。
天明は膝で彼の膝頭を蹴り上げた。
男は膝から崩れ落ち、手首を押さえて呻いた。
天明は手刀を後頸に叩き込んだ。
ガン!
男は完全に意識を失った。
残るは金髪の男だけだ。
「て、てめえ……化け物か……」
金髪の男は床に倒れた四人の仲間を見て、顔面蒼白になった。
一分もかからなかった。
四人が全員倒された。
これが人間のすることか?
「もう一度言う。彼女を解放しろ」
天明は一歩ずつ近づいた。
「来、来るな!」
金髪の男はバタフライナイフを構えたが、手が震えている。
「俺の後ろには龍崎真一さんがついてるんだぞ!俺に手を出したら、龍崎さんが黙ってねえ!」
「龍崎真一?」
天明は冷笑した。
「誰だか知らないが、関係ない」
彼は突然加速し、混元真気を全力で解放した。
金髪の男は反応する間もなかった。
天明は彼の手首を掴み、力を込めてひねった――
バキッ!
バタフライナイフが床に転がる。
そして膝蹴り。
ドン!
金髪の男は腹を押さえて前屈みになった。
天明は最後に手刀を後頸に叩き込んだ。
金髪の男は目を閉じ、床に倒れた。
五人全員、制圧完了。
全過程、二分とかからなかった。
天明は深呼吸し、混元真気を収めた。
気血が落ち着き、毛穴が閉じる。
さっきは全力を出したが、戦闘時間が短かったため、体力の消耗は大きくない。
混元真気は本当に凄い。
力と速度を高めるだけでなく、戦闘後の回復も早い。
天明は振り返って神代を見た。
神代は目を見開いて彼を見つめ、その瞳には驚愕と信じられないという色が浮かんでいた。
天明は素早く近づき、彼女の口のテープを剥がした。
「周君……あなた……さっきのは……」
神代の声はかすれていた。
「喋らないで。まずここから出よう」
天明は神代を縛っていた縄を解いた。
神代は立ち上がったが、足が痺れて倒れかけた。
天明はすぐに彼女を支えた。
「大丈夫?」
「う、うん……ちょっと痺れてるだけ……」
神代は手首をさすった。
「さっき……あれは何の武術なの?あんなに速い動きを見たことがない……」
「それは……」
天明は混元真気をどう説明すればいいか分からなかった。
「とにかく、早くここを出よう。さっき言ってた龍崎って男がまた人を送ってくるかもしれない」
「うん」
神代は頷いた。
しかし彼女の視線は天明から離れなかった。
さっきの光景は、完全に彼女の認識を超えていた。
五人の成人男性が、高校生一人に二分で全員倒された。
しかも天明の動きは、まるで幽霊のように速かった。
あの爆発力、あの速度……
普通の人間にできることではない。
「周君……あなたは一体……」
「後で話す」
天明は彼女を遮った。
「今はここから出るのが先だ」
二人は倉庫を出ようとした時、突然外からエンジン音が聞こえてきた。
車が複数台、こちらに近づいてくる。
天明の表情が変わった。
「まずい。龍崎真一が来たかもしれない」
「どうしよう……」
神代の顔に緊張の色が浮かんだ。
「裏口はないか?」
「分からない……でも、この倉庫なら裏に窓があるはず」
二人は急いで倉庫の奥へと走った。
外では車のドアが開く音が次々と響き、複数の足音が倉庫に近づいてきた。
「急げ!」
天明は神代の手を引いて、暗闇の中を駆け抜けた。
裏側に小さな窓を見つけ、天明はそれを開けた。
「先に出て」
「でも……」
「早く!」
神代は窓から外に出た。
天明も続いて外に出ようとした瞬間、倉庫の入口から怒号が響いた。
「何だこれは!?全員やられてるじゃないか!」
「誰だ!どこに行った!」
「裏を探せ!」
天明は急いで窓から飛び出し、神代の手を引いて走り出した。
「こっち!」
二人は廃工場の敷地内を全速力で走った。
背後から追跡者の声が聞こえてくる。
「あそこだ!逃がすな!」
天明は周囲を見渡し、近くの廃墟の間に隠れられそうな場所を見つけた。
「あそこに隠れよう」
二人は廃材の山の陰に身を潜めた。
追跡者たちの足音が近づいてくる。
「どこに行きやがった!」
「この辺を探せ!」
天明は混元真気を抑え、気配を消した。神代も息を殺している。
数人の男たちが彼らのすぐ近くを通り過ぎていった。
「見つからないぞ!」
「くそ、龍崎さんに何て報告すればいいんだ!」
「もっと探せ!絶対にこの辺にいるはずだ!」
足音が徐々に遠ざかっていく。
天明は神代に小声で言った。
「今のうちに逃げよう」
二人は慎重に廃材の陰から出て、反対方向へと走り出した。
工場の敷地を抜け、街灯のある道路まで辿り着いた時、ようやく二人は安堵の息をついた。
「助かった……」
神代は壁に寄りかかって、荒い息をついた。
「まだ油断できない。早く警察に連絡しないと」
天明は携帯を取り出そうとしたが、その時――
背後から低い声が響いた。
「逃げられると思ったか?」
二人は振り返った。
そこには黒いスーツに身を包んだ男が立っていた。四十代ぐらいだろうか。鋭い目つきで、明らかに今までのチンピラたちとは格が違う。
そして彼の背後には、さらに五、六人の男たちがいた。
「お前が……龍崎真一か」
天明は身構えた。
「ほう、俺の名を知っているのか」龍崎真一は冷たく笑った。「面白いガキだな。俺の部下を五人も倒したそうじゃないか」
「神代さんには手を出させない」
「勇気は認めてやるよ」龍崎は首を鳴らした。「だが、お前が相手にしてきたのは所詮チンピラだ。俺は違う」
彼は一歩前に出た。
その瞬間、天明は感じた。
この男は――強い。
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