1-5『見えぬ城の防衛作戦』
――ある日の軍議。
智長は、書状に目を通していた。静かに、淡々と。
しかし次の瞬間、ふと遠くを見つめ、ぽつりと呟いた。
「……この南の地。守りを固めねばなるまい」
家臣たちがざわつく。
「南……と申しますと?」
「――この谷だ」
智長が指差したのは、地図の端。そこには、**何も描かれていなかった**。
「……殿。恐れながら、そこは……ただの、野っぱらです」
羽芝の声が震える。
「……いや、あるはずだ。私は夢で見た」
「来ましたあああああああああ!!!」
芝田がイスを蹴り飛ばして立ち上がった。羽芝は反射的に受け止めようとしたが――
ズガッ。
「ぶえっ!」
芝田の肘が、羽芝の顔面にクリーンヒット。
「痛っ!鼻折れた!今の理は暴力の理だろ!?」
だが芝田は気にも留めない。
「殿の夢……それはすなわち、“神の理に導かれし啓示”!!」
「ただの夢です!見た場所がないってだけで!」
「“見えぬ者には、見えぬ”のです、羽芝殿……!」
「言いくるめるなあああ!!」
しかしすでに軍議の空気は変わっていた。
「殿の見た谷……きっと“存在しないが、存在している場所”なのだ」
「霊的存在の谷!」「空間の裂け目かもしれん!」
「“存在しない城”こそ、敵の盲点!!」
羽芝の絶望が加速する。
「殿……それ、本気で仰ってますか……?」
智長は、静かに答える。
「私は……見た。それだけだ」
「……語彙、少なっ!!」
(なのに、なぜこんなに説得力があるんだ……!?)
――こうして、尾張藍国は「存在しない城」の防衛準備に入った。
城下では、謎の訓練が始まる。
「はいっ!この“空の城門”を守るぞ!」
「殿の夢の中の堀を越えてくる敵を想定!」
「空を斬る練習だ!いざという時、敵は見えないぞ!」
羽芝が視察に来た瞬間、兵士たちは目に見えぬ門を必死に閉めようとしていた。
「……本気か、君たち」
「本気です!殿の見た夢、我らの道しるべですから!」
「もうだめだこの国」
その頃、芝田は布団を持って現れていた。
「殿が瞑想された谷の“地形に近い傾斜”で寝られるよう、特製“夢境寝具”を準備しました!!」
「地形を布団で再現するなああああ!!」
「羽芝殿、布団の曲線が、思念の曲線と――」
「曲線うるさいよ!!」
――一方、敵国・愚愚流国では。
「……尾張藍国に、存在しない城がある……?」
武田深限は、報告書を手にしていた。
「殿、間者の報告では、“見えないが存在している城”だとか」
「これは……幻術か、心理戦か……いや、情報操作か?」
「殿、それ多分……ただの妄想です」
「それが罠なんだよおおおおお!!!」
彼の深読みは、まだ始まったばかりである。