1-4『布団に宿る理(ことわり)』
――尾張藍国の天気は、いつも通り晴れ。
だが、**今日もまた、国の空気はどこかおかしい**。
「本日も快眠であられましたか、殿!」
芝田数家が、朝一番に全力の土下座で布団を整えていた。しかも寝室の床に、である。
「……快眠であったが、少々暑かったな」
「では次は通気性重視の“風渡る理”をご用意します!」
「……それは布団の名前か?」
「はい!本日より開発を開始いたします!」
羽芝秀知は、襖の影でこっそり天を仰いだ。
(なんで布団にまで命名規則があるんだ……)
智長は朝食の席で、茶をすすりながら、ふと呟く。
「人は、よく眠るべきだな」
「殿のお言葉、来ましたぁあああああああああああ!!」
芝田が椅子ごと仰向けに倒れ、羽芝は反射的に受け止めようとして――見事に顔面に肘を食らった。
「ごふっ……!?」
「“眠りこそ戦略”――その御意志、確かに頂戴いたしました!!」
「……いや、単に眠気が抜けぬという話を……」
「いえ、殿。“眠気”とはすなわち“神の呼び声”です」
「そんな言葉、初耳だぞ!?」
羽芝が叫ぶも、芝田はまるで聞いていない。
そのころ、城内の廊下では――
「枕の職人が増えている?」
「うむ。しかも“考えに沈む姿勢に最適な傾斜”とか言い出してる」
「布団祭りって、年に一度じゃなかったか?」
「……今年は三度やるそうだ。“殿の眠りが深まった”とかで」
羽芝の頭がきしむ音がした。が、それでも彼は口を開いた。
「――殿」
「ん?」
「我が国、なんか、妙な方向に行ってませんか?」
「そうか?」
「はい。今や、布団こそ国策。殿の寝返りが風評を生み、寝相が政策になる勢いです」
「……それは道理にかなっている」
「いや、かかってないから!!」
だが――
「殿、“寝相布告”を発表するとのことで、準備完了です!」
「違う!なんだその国政レベルでヤバそうな漢字四文字は!!」
芝田の手元には、立派な巻物が用意されていた。大見出しには、
> 『殿の東向き寝姿、経済安定の兆し』
と力強い書体。
「いやいやいやいやいや!それは誤解どころか妄想の領域に突入してるから!!」
「羽芝殿、これは民の心を支える“精神安定理論”でもあります」
「え、そんなの誰が――」
「……先人の知恵です」
芝田が真顔でそう言うと、羽芝の肩ががっくり落ちる。
(出た、“知恵の箱”万能カード……!)
その後、会議室ではさらなる提案がなされる。
「殿の“寝言”を記録し、国是とするべきでは?」
「寝言録!」
「日別で書き記して、暦にしましょう!」
羽芝は黙った。もう何を言っても、誰にも届かない。
「殿!本日未明、寝返りの際“ぐぬ”と唸られました!これは何かの示唆でしょうか!」
「……腹の虫だったと思うが」
「“腹の声”!!」
羽芝は机に突っ伏した。脳内で何かが小さく“プツン”と音を立てて切れた気がした。
「芝田……なぜ、城の廊下にまで布団を敷いているんだ……?」
「“殿がいつでもどこでも考えに沈めるように”です!!」
「……もはや思考のために布団があり、布団のために国がある……」
「はい!我ら尾張藍国、**“眠りこそ理”の国へと進化中です!!」」
「……この国、絶対おかしい」
羽芝の呟きは、誰にも届かなかった。