1-2『葬儀での神聖なる暴投』
尾張藍国の名門家老・古間家の葬儀。
城下で知らぬ者はいない名士の葬儀だけあり、会場は重苦しい空気に包まれていた。
――だが。
「殿、このような大切な式の前には、しっかりとしたお昼寝を取らねばなりませんぞ!」
「芝田、今は朝だ」
「それは“昼寝”の準備時間です!」
芝田数家は、式の前だというのに、智長の寝間着の襟をしわひとつなく整え、髪の寝ぐせを「芸術的だ…」と涙ながらに讃え、背中には――
「……それは、布団ではないか?」
「式場用です。格式高き、参列布団!」
羽芝秀知が頭を抱える。まだ朝なのに疲労感がひどい。
やがて、葬儀の会場――藍霞寺に到着。
すでに多くの参列者が並び、僧侶の読経が厳かに響く中、茶田智長一行が現れた瞬間、ざわりと空気が変わった。
「あれが噂の――“神の理を得た殿”……」
「すでに何人か、殿の言葉に触れて人生観が変わったらしい……」
(あれ、なんか宗教始まってない?)
羽芝の背筋が寒くなる。智長は無表情のまま前へ進み、祭壇の前に立つ。
「抹香を、殿」
羽芝がそっと囁く。智長はうなずき、器の中の抹香を手に取った。
その瞬間――
「……!」
智長の動きが変わった。
足を踏みしめ、片腕をグイと引き、肩を回すようにして――
「はっ」
びゅんっ!
――それは、見事なまでの投球フォームだった。
抹香が宙を舞い、香炉を優雅に越え、カーブを描いて――
祭壇に直撃。
煙と共に、僧侶がひっくり返った。
静寂。空気が凍りつく。
その刹那――
「なんという……!あれぞ、“魂に向けた供香”……!」
「神聖なる……直送の儀……!」
「殿の霊的狙撃が成ったぞぉぉぉ!!」
参列者が一斉に地面に頭を下げる。芝田は泣き崩れながら、
「殿……これほど直接的な供養法を……私が……思いつかなかったことが悔やまれます……!!」
羽芝は絶叫した。
「違う!違うからッ!殿はただの勘違いをしただけですからッ!!」
しかし誰も耳を貸さない。
智長は祭壇の前でしばし静かに佇んだ後、ふいに動きを止めた。
目を閉じ、微動だにしない。まるで時間が止まったかのような沈黙。
芝田の顔がパッと輝く。
「殿が……精神統一に入られた!!」
「なんと!この場で!?」
「神と交信なされておられるのか……!」
「しっ、静粛に!殿の思念が振動する……!」
羽芝が慌てて智長に駆け寄ろうとするが、芝田ががっしりと立ちはだかる。
「羽芝殿、これ以上は無礼です!殿のお考えを妨げてはなりませぬ!」
「考えてない!っていうか、フリーズしてるだけですってば!」
羽芝の声は虚しく空に溶けていく。
やがて芝田が懐から何やら取り出す。見ると、ふかふかの白布団と枕。
「今こそ、我が“儀式布団”の出番……!」
「いや、待て!今は葬儀中だぞ!?」
「だからこそです!!殿の魂と神の理が交信する今!最高の寝具環境を整えねば!!」
ばさっ、と白布団が祭壇の隣に敷かれ、智長は“ふわっ”と持ち上げられて丁寧に寝かされた。
「……芝田……なぜ葬儀の場に布団が……?」
「いついかなる時も、殿に最上の休息を……!」
その様子を見て、さらに信仰は深まる。
「寝ながら交信……さすが殿……!」
「夢で神に会っておられるのだ!」
羽芝、ぐにゃりと崩れる。
「……もう、だめだ。誰も話を聞いてくれない……」
彼は天を仰ぎながら静かに嘆いた。
その横では、白布団の上で目を閉じた智長が、ぽつりとひとこと。
「……理にかなっている」
――神の理、またひとつ、誤解が積み上げられた。
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