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百年の恋も冷める瞬間。
それは、どんな時でしょうか。
私の場合は、婚約者であり、王太子でもある男が、美しい男爵令嬢と一緒のベッドで寝ているところを見た瞬間、でしょうか。
「……」
「ぐがっ!ご、ごお」
「ぐーぐー」
地獄の窯が煮え切っているような音が、響きます。
私が、もしこの男と寝たら、こんな音を隣で聞かなくてはいけない羽目になっていたとは…。
ここまでの爆音を隣で、聞いているにも関わらず、こちらの令嬢も爆睡出来るなんて、なんて肝が据わっていると言いますか、警戒心がないと言いますか、ある意味、心を許していると思えなくもないです。
王太子の半開きの口から、だらだらとよだれが垂れ、枕のシーツを濡らしています。
今まで、どうしてこんな人をかばっていたのでしょうか。
まるで、夢から覚めるように、私は現実を理解し、そして、冷めたのです。
さぞかし、昨晩はお楽しみだったそうですね。
あちらこちらに散らかる、汚い液体が飛び散っておりますし、シーツも汚れています。下着が、どうして椅子の上に置いてあるのかしら。
裸で寝ているのは、次期国王となる男。
ヴィクター・コルネウス。
そして、同じく裸で寝ているのは、レイラ・ハミルトン男爵令嬢。
本来なら、よほど仲がよくなければ、男爵令嬢など名前も覚えていない私でしたが、最近、太子と一緒にいるところをよく見かけることがありました。それゆえに、興味がなくとも、自然と名前を憶えてしまったのです。
噂だけなら許しましょう。
数多の目撃情報があろうと、見逃しましょう。
ですが、さすがの私も体の関係があるとまでは、思ってもみませんでした。
まさか、それも男爵令嬢と王太子などとは。
逆に一体、どこで知り合ったのか気になります。
学園でしょうけども、王太子には、常に私か同い年の側近が控えておりました。
スキを見て、出会い、そして、仲を育み、愛に至ったその過程は認めましょう。
よく私たちの目をかいくぐり、ここまでこれたのは、計算高さか、それとも私たちが甘かったからでしょうか。
猫の子のように、いつのまにか太子のそばに潜り込んだ、その手腕は、素晴らしいです。
私には、とても真似ができません。
まず、人の婚約者を奪おうとは、とても思えませんから。
これで、この男爵令嬢が、「私は、奪おうと思ったつもりはなくて…」とか、涙ながらに訴えかけたら、「うるさいっ!この、泥棒猫っ!」と叫んで、頬の一つでも張って見せましょう。