少年よ、旅に出よ
正月、家族たちが集まる中、別の部屋にぽつんと一人の少年がいました。
小学二年生の少年。親に構ってほしい年頃ですが、親はそんな少年をめんどくさがって、スマホをつねに渡していました。
「ふんふふ~ん♪」
スマホで動画をみている時は、少年がしずかだからです。
そんな日が毎日とつづき、いつしか少年にとっての友達はスマホだけになりました。
それは正月である今日もかわらず、少年はスマホを見ていました。
「今日は、どんな動画をみようかなぁっ」
だれもいないにもかかわらず、少年は大きな声を出します。
こうすれば別の部屋にいる親が自分を気にしてくれるのではないか、と思っているからです。
「今日はこの動画だっ」
少年が選んだのは、中世の海賊の動画。
動画内の水夫たちは、かいぞく船を出向させようと、うごきます。
『ヨーソロー、ほを広げろー』
スマホから聞こえるは、水夫の元気な声。
「よーそろー、ほをひろげろー」
少年は大人のマネをしようと体をジタバタさせながら、声を出します。
『ヨーソロー、ロープを引け―』
「よーそろー、ろーぷをひけー」
『ヨーソロー、イカリをあげろー』
「よーそろー、いかりをあげろー」
「ヨーソロー、船を出せー」
「よーそろー、船を────えっ」
そこは、大海原でした。
少年の目に映るは、青、青、青。
ゆらゆらとゆれる白い波が、少年の鼻にしょっぱい風をはこんできます。
「おい、なにチンタラしている、はたらけッ」
船長の大声が、少年の耳にとどきます。
考える暇もなく、少年ははたらかされます。
ヨーソロー、ヨーソローと右へ、左へ、頑張って、少年はなんとか一日を終えることが出来ました。
「よく頑張った、やろうどもッ」
「「「あいあいさー」」」
元気のいい声をだす、水夫たち。
「お前もよく頑張ったッ」
船長は大きく、少年のかたをたたきます。
強く、痛く、大きくゆらされた少年は、大きく転げ、ジーンと涙がでました。
────人にほめられたのはいつぶりでしょうか。
そんな思いがこみあげ、涙だとなって、だんだんとこぼれていきます。
「はいっ!!」
笑顔で答えた少年は、気づけば部屋の床に転がっていました。
床に転がっているのは、停止した動画をうつすスマホ。
「夢、だったのかなぁ」
あぜんと、ぼうぜんと、手のひらを口にもっていくと、かすかにかんじる塩の味。
「夢じゃ……なかったんだ」
少年はさっそく、出来事を親に話すことにしました。
これほど頑張った出来事です、きっと親たちも自分を褒めてくれるでしょう。
ドン、ドン、ドンと、階段をおり、ドアを開け、リビングに行きます。
「お母さん、聞いて聞いてっ」
廊下にて、料理をはこんでいる親を見つけ、少年は手をぶんぶんさせながら話し始めます。
「それでね、それでね────こんなことがあったのっ」
一から十まで、見たこと、聞いたこと、感じたことをすべて話しました。
何かを期待するような、少年。
ですが、お母さんの言葉は冷たいものでした。
「で、誰の動画だったの」
「ど、動画じゃなくて、僕がしたことっ」
「ええっと、そういうお話だったって事かしら」
お母さんの言葉に、少年はムキになります。
「どうしてっ! 僕のいっていることを信じてくれないのっ!!」
「────当然じゃない、スマホばっかり見ている貴方の何を信じればいいの?」
無言。少年の口からは言葉がでてきません。
宝物ほど大事なスマホは、今だけはいらない玩具に思えました。
「ほらどいて、どいて、ご飯が運べないじゃない」
お母さんは怒るように少年を見たあと、リビングに料理をはこびます。
残されたのは、少年と、
「────いい話だったぜ、坊主」
親族の集まりで来ていた、おじさんでした。
「迫力も、リアリティも十分、それが動画なら本物を拝んでみたいレベルだぜ」
おじさんは少年の頭をぽんぽんとおします。
「よくやった」
「うん……」
「この世界じゃ、認められね事なんぞ、ごまんとある」
「うんっ……」
「日ごろの行いが悪いとか、お前はそんな事をする人間じゃない、だとか」
「うぐ、うんっ……」
少年は涙を流すのをぐっと我慢します。
「だがな───そんなもんはクソくらえだ」
おじさんは財布から、沢山のお札を取り出します。
「坊主、受け取れっ」
「えっ、いや、あのっ」
無理やり、にぎらされるお札。
価値をよくわからない少年でも、受け取れないものだと感じてしまいます。
「いいか、その金を親に渡してこい、そして言え、“海賊船があるところに旅行したい”ってな」
おじさんは強い視線で、少年を見ます。
「嘘じゃないんだろ」
「う、うんっ」
「ならば証明してみせろ────おじさんにはこの程度しかできんからな」
そう言って、おじさんはリビングにまたもどっていくのでした。
残された少年は強くお札をにぎりこむのでした。