プロローグ 「薔薇の呪い」
「イザ、ベル」
――胸元から今も少しずつ成長している、赤い薔薇。
「嘘だ、嘘。嘘だろう…?イザベル、やめてくれ。嘘だと言って…」
ルイは床に倒れていた身体を抱えて、何度も、何度もその人の名前を呼んだ。成長し続ける薔薇の棘が腕に刺さろうと、離すことはしないまま。
返事はない。辛抱強く話しかけても、桜色だった唇は、どんどん色を無くしていく。胸元から生えた薔薇は、まるで血のような真紅を宿していた。
"薔薇の呪い"
これは100万人に1人、心臓に当たる位置から生えた薔薇によって生気を抜きとられていき、植物人間に成り果ててしまう病。治療法はないが、死ぬこともない。ただ"目覚める方法がない"のだ。50年後も、100年後も、ずっと。ずっと眠り続ける。
とある国の昔話には、最長で112年眠り続けた王がいたらしい。だが、結局は首を切断されて、死んだ。この病にかかると、ずっと眠り続ける様子を周囲で一生見守るか、殺すしかない。それしか、方法がない。
「ああ、神様。なぜ、なぜイザベルなんだ。なぜ、彼女が…」
すっかり死体のように冷たくなってしまった愛しい人は、本当に死んでいるかのようだった。いくら神様に祈りを捧げても、その目は覚めることはない。
「………いや、」
不確定だが、ひとつ、ある。
それはかつて偽りの歴史として前国王に燃やされた、ひとつの童話。今は亡き祖父が見せてくれた、禁忌とされている物語の中。"薔薇の呪いは、魔力が全て。魔力をもった者を殲滅すれば、呪いは解ける"
ああ、覚えている。今やぼやけた記憶になってしまったが、それだけは確実に覚えている。魔女だ。魔女をこの世から亡き者にすればいい。
いまだに成長し続ける薔薇に蝕まれている彼女をそっと抱き上げて、その真っ白な頬に口づけを落とす。止まらぬ涙を拭こうともせずに、ルイは静かに微笑んでみせた。
「魔女を狩るよ。―――イザベルのために」
愛しい貴女と、再び共に歩むために。