テンペスト
急変する現実に追い立てられるようにして診療所を出たセシリアは、翌日タウンハウスへ戻って直ちに身辺整理を始めた。
民衆の関心は王政の廃止と民主政治に集中しており、セシリアに関する醜聞はすっかり忘れ去られた様で屋敷の外を取り巻く野次馬はもう居なかった。
屋敷の中で息を潜めていた使用人達に久しぶりに会うと、皆一様にホッとした顔をしたが、すぐに不安気に表情を強張らせてセシリアに駆け寄って来た。
「お嬢様、ご無事で何よりです……お帰りをお待ちしておりました」
執事のブルックを筆頭に、使用人全員がセシリアの前に勢揃いする。
何か言いたげな使用人達を見やって、セシリアは彼らの心配を取り除こうと口を開いた。
「長期間留守にして皆には負担をかけてしまいましたね。そして、もう知っていると思いますが、昨日、王政の廃止と貴族制の廃止が宣言されました」
いったん言葉を切ると、使用人達が緊張した面持ちでセシリアを凝視する。
しん、と重苦しい空気の圧がのしかかる中で、セシリアは再び言葉を発した。
「領地の没収が決定しており、恐らく事業の継承は許可されるかと思いますが、我がハート伯爵家もこれまで通りの経済状況とはいきません。タウンハウスの屋敷は課税される前に売却し、領地のカントリーハウスも同様とします。そこであなた方が次の勤め先に困らない様、紹介状を書きましょう。紹介先は事業で知り合った貴族ではない富裕層です。貴族の屋敷とは勝手が異なるでしょうが、皆ならば次の屋敷にもすぐに慣れると思います」
貴族の厳格なしきたりが無い分、むしろ富裕層の方が勤め易いだろう。
しっかり仕事を務めあげて来た使用人達は何処に行っても通用する技術を持っている。
使用人達は立ち居振る舞いも洗練されており、重宝されるだろうと思われた。
「……お嬢様……」
何事か言いかけた使用人の前に手を挙げて黙らせたブルックが、恭しく一礼する。
「ご配慮頂き有難うございます。それで、お嬢様はどうされるので?」
「――私は、領地の事業を続ける為、母と共に領都に新しく小さな家を買って、平民として暮らします」
昨夜考え抜いた結果、それが最良と思われた。
事業を続けるためには領都に居続けなければならない。
アパートより、小さな土地と家を購入して資産にしていた方が将来的にも安心だろう。
贅沢に慣れた母が何処まで耐えてくれるか分からないが、領地の税収が定期的に入る生活と違い事業収入は不安定になりやすい。現在の事業は好調だが成るべく支出は抑えて貯金する様、努めないと。
「紹介先は心配の無いよう、評判の良い人選に努めます。ついては皆さん個人の今後の希望を聞き取りたいので、これから私の執務室に順番に一人ずつ来て下さい」
――言い終えて奥の執務室へ向かおうとした時だ。
にわかに背後の玄関扉がばあん!と開かれる。
突然の事に、何事だ⁈と身構える面々の前で、大慌ての門番と護衛を連れたミラが現れ「……いた!セシリア、助けてちょうだい‼」と、目にも止まらぬ速さでセシリアにしがみついた。
状況が把握できないまま突進されてセシリアがよろめき、すんでの所で踏み留まる。
ミラはいつも見慣れていた豪華なドレス姿ではなく質素で飾りの無い茶色のワンピースを身に纏っていて、貴族と言うより裕福な商人の娘の様な姿になっていた。
「ど、どうしましたの……⁈」
いきなりの事にセシリアが目を白黒させていると、門番と護衛の後に続き、駆け込んで来た人物に全員ギョッとする。
「――ミラ!どうして逃げるんだ……⁈」
金髪を乱し、見るからに高価な濃紺のスーツに身を包んだアベル王子が息を切らして現れ、その場が騒然となった。




