終わりの始まり 3
「近衛騎士はどうした⁈市民たちを王宮近くまで入れるなど職務怠慢だぞ!騎士団長を呼べ……‼」
すぐそこで、大勢の人だかりが国王を敵意を持って見上げている。
今しも階段を駆け昇って押し寄せて来そうな勢いに呑まれ、王は青褪めて宰相へ向かって怒鳴り散らした。
だがその声すら国民の叫びに搔き消され、大群の人々の足踏みで王宮が揺れ足元がおぼつかなくなる。
無感情な眼でこちらを見つめ返す宰相と、動かない護衛騎士の冷徹な無表情に、王は背筋が寒くなった。
「――何だ、どうして動かないのだ? 王を護る為に命を張るのがお前らの仕事だろうが‼」
這い寄って来る恐怖に威厳をかなぐり捨てて宰相へと指を突きつけるが、宰相は動じる様子もなく王を見返した。
「…………王とは、どういうものかと問われた時に、陛下はどう答えられますか?]
「何だと?」
落ち着き払った宰相を薄気味悪く感じながら、王は即答した。
「王とは統治者だ。国民に敬われ、貴族の頂点に立つ絶対権力者だ。それ以外に何がある――⁉」
先王から王冠を引き継いで20年余りが経つが、これまでは上手く行っていた。
政策は国民の支持を得、愛する側妃と王子に囲まれ、順風満帆で人生を謳歌していたはずだ。
それが崩れたのは世界的な不況と異常気象のせいだ。自分の失態ではない。
――そう、ただ運が悪かっただけだ。
王の言葉を聞いた宰相が、顔を歪めて大きく息を吐く。
「……そう。それが陛下の出した答えなのですね」
諦めと軽蔑とが入り混じる複雑な声音がぽつりと低く落ちると、扉の前に立っていた2人の護衛が動き、両開きの扉を開け放った。
怪訝そうに振り返る王の目に、ずらりと並んだ上院と下院の議会議員達が厳しい顔をして立つ姿が映る。
上院の貴族達は困惑と呆れ混じりの顔をしていたが、下院の庶民院の議員達の表情は憤りに満ちて刺す様な視線を国王へ向けていた。
「――陛下。貴方の中で我々の命は随分と軽い物と思われているらしい。貴方が今は運が悪いんだと目を瞑っている間、大勢の国民が失われ、生き残った国民は必死で生きているのですよ。そして現在進行形でこの難局を乗り越え、国民を助けてくださっているのは正妃様なんです。陛下でも側妃様でも無い。国民の感謝と崇敬は正妃様へ向けられ、この難局を乗り越えられるのは正妃様とジリアン王子だと皆信じている。……なのに貴方は国益の為ではなく、ただの私情で国民の希望を奪おうとしている。許しがたい暴挙だ」
ぐっ、と王は詰まったが、すぐさま反論する。
「……何を大袈裟な。正妃の代わりなどすぐに見付かる。この異常気象さえ止めば国を立て直すのも容易い。そう時を待たずに、以前の様な繁栄が戻るだろう」
王の言い分を聞いた宰相が皮肉気に失笑する。
「陛下。異常気象の余波はそう簡単に埋まらないのですよ。過去の事例から、異常気象は数年続くと考えられるのです。一度収まったかに見せかけて、少しの余白の後にまた繰り返し発生する事が分かっています。現在の不況の被害は甚大で、すでに余力など無い。国民どころか貴族達も倒れそうなのです」
「……深刻さは把握している」
姿勢を正し、威厳を取り戻して王は言ったが、実際に国民達の真実の困窮までは実感できていなかった。王宮で出される料理は常とほぼ変わらず豪勢だったし、議会から上って来る資料の数字はちゃんと目を通していたが、数値上の事に興味が薄かったのだ。
ただ、億劫な視察などは正妃が勝手に動いてやっているので、それでいいと思っていた――ここまで正妃が活躍さえしなければ。
「お前たちの言い分は分かった。私も反省をして皆に向き合うと約束しよう。だから、一旦この場を収集して市民達を王宮から去らせるのだ」
外から響く国民の怒号は止まる事無く、気が気でない国王は焦燥に駆られて早口で議員達に命じた。
「…………いえ、もう遅かったのですよ、陛下」
下院議員の議長トーマス・ベイが淡々と前へ進み出て、手に持っていた巻き紙を開いて読み上げた。
「――現在、我が国は崩壊の危機にさらされ国難の只中にあり、国の存続を危ぶませる因子を早急に取り除く必要性があると判断した。重大な事案であるため、議会で慎重に審議を重ねた結果を宣告する。『国政の安定の為、国王並びに王族の統治権を剥奪する。さらに国王並びに王族の国政に関わる一切の権利を取り上げ、王族は今後名誉職としての存続となる。今後は国民の、国民による政治によってのみこの国は統治され、あらゆる国民はすべからく平等で、自由で、尊厳のある人生を送る権利がある事を、今日この場で宣言する』」




