狂ったお茶会
――王と側妃との会話は長時間に渡り、結局その日は正妃と会えないまま帰る事になった。
側妃と仲良くと言われても、接点など無い。
困惑していたセシリアだったが、後日お茶会に招待されて、その意味を知る事となった……
*
側妃に誘われて断れず、公爵夫人のお茶会に参加したセシリアは困惑を深めていた。
公爵家の応接室、大理石のテーブルの上には豪華な器にふんだんに盛られたフルーツとお菓子が一杯に並べられ、着飾った御婦人や令嬢方がおしゃべりに興じている。
食糧配給が始まり庶民が食事にありつけるようになったとは言え、困窮に変わりはない。
すぐそこの路上で空腹に喘ぐ庶民の惨状を目の当たりにしていても別世界の出来事であるかのように宴を楽しむ招待客が信じられず、セシリアは場違いな場所に来てしまったと、来て直ぐに後悔していた。
確かに貴族たちの贅沢は文化的側面を持っており、工芸や芸術の促進や市場への刺激になる。
だが、今は時代が悪い。
物資が乏しくなっている現在では、お茶会で奢侈に耽る貴族達は、単に時代の空気が読めないお目出たい人々だろう。
側妃も王族の端くれとして彼らの贅沢をたしなめるならまだしも、一緒に楽しんでいるのだから始末が悪い。
ただでさえ正妃と王が比較され、王のこれまでの高位貴族優遇の施策が民衆の批判されている中でこんな会に参加するとは何を考えているのだろう?
正妃様と、孤児院や救貧院を訪問していた時とまるで違い過ぎる。
あの人々と手を取り合って共に生きている喜びを分かち合う感動や一体感、優しさと温もりに満ちた雰囲気のほうがセシリアには合っている。
噂話とファッション、観劇の話で盛り上がるご婦人達の会話に混じれず愛想笑いを張り付けていたセシリアは、楽し気な側妃に気付かれない様に溜息を吐いた。
「――ところでセシリア嬢は領地経営もされているのでしょう?男性と並んでお仕事をされているとか。大変な事ですわよねえ」
ひとしきり噂話に花を咲かせた後、ご婦人方は静かに話を聞いているセシリアに興味津々な目を向けた。
「そうですのよ。セシリア嬢はこの若さで領地の宝石事業でも成功されていますの。私が以前頂いたオパールの髪飾りの細工も素晴らしくて、愛用しておりますのよ」
側妃が直ぐに反応して声高に語る。
髪飾りは、昨年アベル王子がプレゼントした物である。
言葉通り側妃はよくオパールの髪飾りを着けており、舞踏会で披露された事もあって、その場の全員が知っていた。
「髪飾りは本当に見事な細工でしたわよね!」
「あら、私なんてすぐにハート領で細工された髪飾りを取り寄せてしまいましたのよ」
我も我もと購入した事を告げる人々に、セシリアは礼を言った。
有難いが、側妃のご機嫌取りのために取り巻きの方々がお付き合いで購入したと言うのが本音だろう。久しぶりのお茶会は、やり取りが大袈裟で辟易する。
側妃はセシリアと仲が良いと見せかけて正妃との仲を分断したいのか、セシリアの急上昇した世間の評判に乗りたいのかのどちらかだろうと思っていたのだが、セシリアはそのどちらも違うと言う事にここで気付く事になった。
ニコニコと上機嫌な側妃がセシリアを褒めちぎって、とんでもない事を言い出す。
「セシリア嬢はとても優秀で、幼い頃から有名でしたのよね。ねえ皆様、私達、領地経営や事業について理解に乏しいと思いますの。ですので、セシリア嬢に色々とお話して頂きませんこと?正妃様が慈善事業活動に力を入れていらっしゃるのだけれど、私、そう言った方面に疎くて……。セシリア嬢は正妃様とご一緒されていましたし、慣れない私達の良い先生になって下さると思いますわ……!」
予想外の発言にギョッとするセシリアをよそに、お茶会に参加していたご婦人方全員が大喜びで賛同する。
「……いえ、そんな、若輩の私が皆さまに教えるなど……」
本来であれば領地経営で忙しく、現在は療養中で母親が領地経営を肩代わりしてくれているので、多少の時間が取れているだけである。
困ったセシリアが言葉を濁すが、側妃は無邪気にセシリアの手を握って懇願した。
「ごめんなさい、不勉強な私が悪いの。でも頑張りたいのよ、国民の為に。それにここにいる皆さんの中にも、領民のために何かしたいと思っている方が多いの。是非セシリア嬢のお力を貸して下さらない?」
…………これは嵌められたかもしれない、とセシリアは唸った。
王の寵愛を一心に受け続ける側妃が、ただ美しいだけでは無いのを予想しておくべきだった。
国民の為と言われてしまえば断りにくい。
だが、これでは正妃様と対立し、側妃側に寝返ったと取られてしまうかもしれない。
冷や汗が伝うと同時に、側妃を甘く見ていた事を反省する。
固まったまま動けないセシリアを見て、側妃はいかにも申し訳なさそうに猫撫で声で続けた。
「もちろん、そうお時間は取らせないわ。セシリア嬢はお忙しい身ですもの。そこは承知しておりますとも。ねえ、皆様?ただこうしてお茶会などで少々アドバイスをして下さるだけでいいの。ごめんなさい、こんな事……ご迷惑かしら?」
美しい宝石の様な碧眼を潤ませる側妃は、男性であれば簡単に篭絡されるであろう。
神話に出て来る女神に例えられる美貌は息が止まるほど麗しい。
しかし、彼女の思い通りに動く駒の様な気分を味わっているセシリアは、側妃の笑っていない目に気付いて不快感で一杯になった。
表面的な美しさに目を奪われた周囲の人々が「側妃様は何てお優しいの」と口々に誉めそやす。
セシリアを気遣う素振りをしているが、側妃は有無を言わさずセシリアを駒として扱う気だ。
その証拠に、答えを躊躇うセシリアに周囲のご婦人達が怪訝な顔になり、当然の如く返事を催促する。
「まあセシリア嬢、どうしたのです?側妃様に選ばれる事は栄誉な事ですわよ?」
「側妃様に見込まれるなんて羨ましいわ……!」
「もちろん、側妃様のお願いがご迷惑なんて有り得ませんわよね」
流される事に葛藤するセシリアに、しおらしく側妃が言い募った。
「良いのですわ、皆様。――だってセシリア嬢は正妃様と仲がよろしいのですもの。でも、私も仲良くして欲しいだけですのよ。正妃様の最近の躍進を拝見していますけれど、その切っ掛けを作ったのはセシリア様だとお聞きしましたわ。全てが正妃様の功績と言う訳では無かったのですわよね。セシリア嬢のお力添えがあってこその正妃様の現在の活躍があるのですわ。ただね、そのお力を私にも分けて頂けないかしら?私も民の為に何かしたいのです」
酷く演技が巧い。
セシリアは何故か手に取る様に側妃の本音を見透かしていた。
何故こんなに解るのだろうと首を傾げたセシリアは、側妃の人に向ける目の色に気付いた。
――――側妃の目は、人に対するのと物に対する視線が一緒だ。
優しさを装っているが、その目の奥に熱量や湿度が感じられずに乾いている。
王はこの方のどこが良くて惹かれているのだろうか、と冷ややかに思う。
だが、王族の命令をはねつけられるほどの権威はセシリアには無い。
仕方なく「少しだけなら」と条件を付けて了承すると、緊迫した空気が緩み「――まあ、嬉しいわ。これから宜しくね、セシリア嬢」とゆったり側妃は微笑んだ。




