大通りにて
「よくやったわ、セシリア」
馬車に揺られながら、窓の外を見ていたセシリアに母が話しかけて来る。
お茶会を途中退席したというのに、セシリアの母は上機嫌だった。
「まさか、ラザルス侯爵のご子息とお近づきになるなんて。将来は侯爵夫人かしら、うふふ」
セシリアは溜息をつく。
こっそりお茶会を辞して帰る時、ずっと傍についていてくれた上、クリストファーが本当にエスコートしてくれたために母親とブルック侯爵夫人が盛り上がってしまったのだ。
セシリアもバカではないので、クリストファーが好意を持ってくれている事は分かる。
彼は良い人だが、会ったばかりなのに、自分の何を好いているのかが分からない。
しかも、アンジェリカのあの態度…………
クリストファーに近付かないほうが賢明だろうと思うのだが。
「ほら、そのジャケット。早く返しに行かなくちゃね。お礼に、刺繡をしたハンカチを贈りましょう」
セシリアは仕方なく頷いた。
さっき、クリストファーに借りたジャケットを返そうとしたら、家まで肩にかけていくよう勧められ、皆からもそうするよう言われて断り切れずに借りることになった。
ブルック侯爵夫人といい、母と言い、恋愛の話が好きらしい。
母は多分に侯爵家との縁という下心があるのだが、侯爵夫人が自分の娘でなく、セシリアとクリストファーの間を取り持とうとしているのが解せない。
おかげでラザルス侯爵邸へ、ジャケットの返却のため訪問する事になってしまった。
セシリアの意思に関係なく外堀が埋められていくようで、ちょっと怖い気がする。
ウキウキしている母にはセシリアの怪我した手より、侯爵家へ訪問する日取りの方が重要な様だ。
怪我よりも、ドレスが使い物にならなくなった事を気にしていたのが悲しい。
子供っぽいかもしれないが、セシリアにはクリストファーの誘いより、母親の関心が欲しかった。
ペラペラとお喋りの止まらない母の話を聞きながら、セシリアは馬車の窓から見える街中の風景を眺める。
通り過ぎていくキャンディショップに賑やかなカフェ、華やかなドレスの仕立て屋。
着飾った人々が闊歩する道の端を、子供の煙突掃除人が重そうなブラシをかついでよろよろと歩き、また、セシリアと同じくらいの年の少女が、籠を片手にマッチを売っている。
あの子達に大人は無関心なのだわ。
孤児たちを見て、あの子達より自分は恵まれているからしっかりしないと、と自分を慰めるのは容易い事だった。
寂しくて辛い時ほど孤児たちと比べて、自分は親もいるし、衣食住に不自由がない生活が出来ているから幸せなんだと自分に言い聞かせた事もある。
だが、自分はそれで楽になるが、あの子達はずっと苦しいままだと気付いたのは最近だ。
この通りを馬車で行くと、大体同じ顔触れの孤児に会う。
彼らもセシリアと同じ、悩みを抱えて、それでも懸命に生きている。
そう気付いてからは、自分のためにでなく、彼らがいつか幸せになれますように、と祈る事にした。
私も頑張っているわ。あなた達も頑張って。