アリアの正体2
「…………そうだ。アリアの母親の葬儀に来た彼女の兄に、アリアがアンナの兄の子供であることを告げられた」
セシリアの父親はアリアから顔を背け、観念した様子で口を開いた。
「子供が可愛いなら、金をよこせと言われた。――これまではアンナから子供を貸している料金を貰っていたが、アンナが亡くなったので金が入って来なくなる。だから、お前が子供を買い取ってくれと言って来たんだ――……」
「…………何だそれは…………!」
ベルトラン伯爵が信じられない、と言う風に狼狽して絶句する。
エルガーが慌てて、どういう事だ⁈と言ってアリアへ視線を向けるが、アリアも初耳の話でただただ動揺し、立ち尽くすしかなかった。
「そんな事をにわかに言われて信じられるわけがない。アンナの兄を追い返したが、彼はあまりにアリアに似過ぎていた。……そこで彼の言う事が本当か、調べてみる事にした。アンナがアリアを出産した頃に屋敷に居た使用人仲間を問い詰めた」
セシリアの父親はグッと唇を噛んだ。
「……屋敷の使用人仲間達は『アンナが奥様に子供が出来て焦っていた』と言っていた。アンナが妊娠したのは、セシリアが生まれたばかりの頃だ。仲間内で『本妻に子供が出来れば愛人など棄てられる。今後は伯爵はセシリアにつきっきりになるに違いない』と噂していたらしい。……すると半年ほどして、アンナが体調が悪いと臥せりがちになった。使用人達の言う通り、私は伯爵家の後継者が出来た事に夢中になり、セシリアと妻の所へ入り浸ってアンナから足が遠ざかっていた。アンナはそのまま実家へ里帰りする事になり、そこで子供を産んだ――だが、私はアンナがアリアを妊娠したところも出産した場面も見ていない事に、今更ながらに気付いた」
セシリアが生まれた時、セシリアの父親が喜んでいた事をミラは初めて知った。
物心ついてから屋敷で独りぼっちでいたセシリアしか知らないミラは、何故セシリアの父親はそのままセシリアを愛してあげなかったのかと怒りを覚えた。
「次に調べたのはアンナの実家の近所だ。里帰りしていたアンナを見ていた近所の人達は、アンナを見かけた事はあるが、お腹は大きくなかったし、出産したにしては産婆も呼ばれていない。いつアリアが生まれたかも分からないのだと首を捻っていた。同時期に妊娠していた同居する兄嫁の方は出産して洗礼を受けたと聞いたが、子供の姿が見当たらない。おかしいと思っていたが、もしかして出産したのはアンナで、兄嫁の方が流産したか死産だったのかもしれないと気を遣って尋ねなかったらしい」
こうなると、アンナの兄が言っていた事が信憑性を帯びて来る。
アンナの兄はセシリアの父親が溺愛するアリアを手放すわけがないと思い込んでおり、アンナと共に目論んだ計画を自慢げに暴露していった。
信じたくなかったが、こんなにも杜撰な詐欺にかかっていた事がセシリアの父親はショックだった――――控えめで優しいアンナの姿は偽りだったのだ。
お金も爵位もいらないと健気に言っていたのは本心では無かったのだ――…………
「……使用人仲間達に、アンナは『必ず伯爵夫人になる』と言っていたそうだ……そのためには子供が必要だと。だが、そんなに都合よく子供ができる訳が無い。そこでアンナは妊娠したフリをして実家に帰り、丁度妊娠したばかりの兄嫁に目を付け、子供を借りて自分の子に仕立て上げる事にした。兄はアリアが伯爵令嬢になれば、自分の手元に大金が転がり込んでくると喜んで子供を貸し出した――そして当時の私は事の真偽を確かめもせず、コロっとアンナに騙されて、大喜びでアンナとアリアの元へ走った――――」
セシリアの父親の自分勝手さが浮き彫りになる。
それを自覚しているのか、セシリアの父親は俯いたまま後悔で歪んだ顔を隠しもしない。
「……伯爵はアリアさんをずっと認知せずにいた。それはどうしてです?」
誰もが溺愛する愛人の娘を認知しないセシリアの父親を不思議に思っていた。
青ざめて立ち尽くすアリアを横目で見ながらベルトラン伯爵が質問すると、セシリアの父親は気まずそうに妻の方をちらりと窺って言い淀んだ。
「――――アンナがアリアに洗礼を受けさせるのを避けていたんだ。貴族の子なら、必ず国教会で洗礼を受けないといけない。だが、頑なに断られて洗礼式を受けさせられなかった……」
移民のアンナは、別な宗教を信仰していたため嫌がったのだ。
もしアンナがアリアに洗礼を受けさせるのを拒まなかったら、とっくにアリアは認知されていたと言う事だ。それを聞いていたセシリアの母親の冷たい視線が夫に注がれ、セシリアの父親は額に流れて来る冷や汗をハンカチで拭った。
「……何それ。洗礼なんて受けなくても、認知してくれたら良かったじゃない……!」
アリアが父親を睨んで言うのを冷ややかに見つつ、セシリアの母親が夫の方を向いて当てこすりを言う。
「この国の貴族は、全員、国教会で洗礼を受ける事に決まっています。国教会の最高権力者である国王に従う臣下として当然の事ですわよ。――伯爵家の後継者に据えようとしていたのに、貴族のしきたりも教えていないとは驚きましたわ。どう言う教育をされていたの?ねえ、あなた」
「い、いや、その……説明したんだが、理解がさっぱりで……」
この国の王はキリスト教の国教会の首長で、王が国教会を統べているのだ。王に仕える貴族達は王への従属や忠誠を示すためにも国教会の信者となる事が当然とされている。
国教会以外にもキリスト教の教派は多く存在していて、大きくはカトリックとプロテスタントに分けられ、細かく分けるとルター派や長老派などの諸派がある。
それらは教派によって教義や行事が微妙に異なり、庶民は自分が信じる教派を好きな様に選べるが、貴族は国王陛下が首長を務める国教会に所属する事が決まっている。
つまり、国教会へ所属しない貴族は王への忠誠を疑われる事となり、洗礼を受けていないアリアはデビュタントで国王陛下と挨拶を許されず、貴族達から爪弾きにされてしまうのだ。
貴族としてそれは致命的で、後継者として認められず、他の貴族と婚姻も結べない。
だが平民であるアンナは何度説明しても理解できないらしく、アリアも同じで、貴族の義務を軽く見ている節があった。
まさかアンナが本気でアリアを後継者にしたいと狙っていたとは知らなかったので、セシリアの父親は、認知するためには国教会の洗礼を受ける事が“必須条件“になると教えていなかったのだ。
洗礼は何歳で受けても良いのだが、セシリアの聡明さを知っていたため、アリアが余りにも勉強ができないので流石に不安になり、そして同様に移民で戸籍が無く、伯爵夫人にするにはアンナが無学でマナーも行儀もなっていない事が引っ掛かり、セシリアの父親は妻と別れずにアンナを愛人のままにしていた。
アンナが企んでいたと言うが、セシリアの父親自身の不実な狡さが招いた落とし穴としか言いようが無い。
「い、いや、伯爵の話だと噂話を聞きとっただけで、アンナさんが子供を産んでいないとハッキリしていないんじゃありませんか?兄嫁さんのお子さんが見当たらないのは、兄嫁さんの方が死産だったからはでは⁈」
エルガーが必死な形相で食い下がり、セシリアの父親は「それは……」と、反論しようとして口籠った。
「――いいえ、証拠は在りますわ」
往生際悪くゴネようとするエルガーと、詰めの甘いセシリアの父親の醜態に溜息を吐いて、ミラはバッグから書類を取り出し、皆に見える様に目の前に掲げた。
えっ、と目を見張る面々の目が書類に書かれている文字に集まる。
書類は3枚あり『洗礼証明』と『教会月報』、そして『出生記録』とそこには書かれていた。
「……出生記録だと⁈」
エルガーとセシリアの父親が驚愕するのを見ながら、ミラは「ええ」と頷いた。
洗礼証明書や出生記録は、居住する地区の教会が記録して薄冊にまとめているもので、洗礼証明はともかく、出生記録は必ず住民が提出しなければならない事になっている。
だが、移民だと戸籍が無い事も珍しくない。
移民の子供であるアンナは戸籍が無く信仰心も薄かったため洗礼せず、記録も無い。
もちろんアリアはセシリアの父親が手続きしなかったので、洗礼も出生も記録されていない筈だった。
一体誰の記録だ?と皆が首を傾げていたが、一番初めに反応したのは、突っ立ったままだったアリアであった。
「――――何これ!嘘でしょう⁈」
悲鳴のような声を上げ、アリアが書類に飛びつく。
「出生記録に私の名前が書かれて、父の名前に伯父さんと母の名前に伯母さんの名前が書かれてる……‼」
出生記録には、日付けと地区名、そして生年月日と生まれた子の名前、性別、父母の名前と父の職業が記されるのだが、目の前にある書類では子供の名の欄にアリアの名前、父母の欄にアリアの母の兄の名と兄嫁の名前が記されていた。
「言っておくけれど、これは偽造したものではありませんわよ」
ミラは年季が入って黄ばんだ教会月報をアリアの目の前で広げた。
「こちらは貴方のお母様のご実家の近くにある教会の月報です。この教会の名前は貴方もご存じでしょう?月報にはその月に洗礼を受けた子供の名と両親の名、日付けが書かれているのですけれど、ここにも貴方の名前とアンナさんのお兄さんと兄嫁の名が記されています」
ミラが指差した所に本当に名前が記されており、それを認めたとたん、アリアは脱力した様に膝から床にへたへたと崩れ落ちた。
「……こ、これを手に入れる為に、教会に金を渡すか脅しでもしたんですか⁈通常は外部に持ち出せない筈ですよ、出生記録は!」
不正をしたと決めつけるエルガーに、ミラは軽蔑の目を向けた。
「何を誤解なさっているのかしら。これらの書類は、教会からではなく、アンナさんの兄嫁さんにお借りしてきたものですわよ」
ハッ、とその場の全員が息を呑んで押し黙る。
「アンナさんのお兄さんは喜んでお金と引き換えに自分の子供を貸し出したけれど、兄嫁さんは自分の子供を取られた事に納得していなかった様ですね。アンナさんに取られる前に急いでアリアさんに洗礼を授けて、出生記録も届けたそうですわよ。離れていても、自分の子供だと実感していたかったんですって。こちらは兄嫁さんに渡された控えの書類です。こちらの書類と、兄嫁さんの証言からハッキリ分かりますわよね?――アリアさんはハート伯爵の血の繋がった子供ではありませんわ。アンナさんの兄と兄嫁の間の子供――ハート伯爵とは全くの他人と言う事。ご理解頂けまして?」
証拠を突きつけられて、エルガーが呆然とする。
床に座り込んだアリアが絶望した様子でガクリと首を垂れ、この一件は衝撃の事実の暴露で幕を閉じたのだった――――――




