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闇の中の星

 「――私はジリアン殿下と敵対しているつもりはありません。アベル殿下には良くしていただいておりますが、私は特定の派閥に所属していません。王には相応しい方がなる筈です」


 セシリアは言い切った。


「……そうか」とジリアンが儚く笑う。


「――そう言えば以前会った時、僕の幸せを語った変わり者の令嬢だったな――君は」


 あれからは言葉を交わすことなく時間が過ぎた。

 お互い当時とは大分変わった。


 ジリアンのガラス玉のようだった瞳は今、傷ついて微かに揺れている。


「――ルシアーナ殿下を愛しておられたんですね」


 セシリアがぽつりと零すと、ジリアンは素直に認めた。


「ああ。……不遇な中で彼女は精一杯、長い時間を一緒に過ごしてくれた。僕の中では掛け替えの無い存在で、いつか幸せにしたかった。……でも、ルシアーナの幸せが僕の傍で叶わないなら、別の人間の所で幸せになって欲しい。彼女が幸せでありさえすれば……それで満足なんだ」


 酷く臆病な愛情に、セシリアは悲しくなる。 


 夜会の最中だと言うのに、喧騒が届かない程ひっそりした部屋。

 まるでこの部屋だけ華やかな世界から拒絶されたかのような哀しい錯覚を覚える。


 ――閉じ込められているのだ。この二人は。

  最も高貴な牢獄で、息を潜めて終わりをただ待っているのだ。


「……もう帰った方が良い。会場まで送ろう」


 虚ろな声で促すジリアンと立ち上がると、扉を押し開け、セシリアは廊下に出た。

 扉の向こうは一面の暗闇で、冷えた廊下にはたった一人の従僕が立っているだけだ。



 振り返ると、正妃が暗い部屋にポツンと佇み、泣きながら「ごめんなさい」と小さく背を丸めて呟いている。

 

 ――――どうしてこんな所に独りぼっちで置いて行けるだろう。


 セシリアはくるりと踵を返して正妃の所へ駆け戻った。

 不敬を覚悟で床に座り込む彼女の身体に手を回し、小さな子供をあやすように、ぎゅっと抱き締める。

 抵抗せずに抱かれた正妃は、何が起きているか分からない様子でポカンとセシリアを見上げた。


「――正妃様、あなたは何も失っていません。ジリアン殿下もそうです。悪い事ばかり言う人達に囲まれてそう思い込まされているだけです。ご存じですか?国民が正妃様を慕っている事を。正妃様の寄付で助かった人々がこの国の果てからもあなたを慕っているんです。誰にも顧みられる事がなかった辺境の村にもあなたは心を配って下さいました。……正妃様、国民に会いに行きましょう。私もお供します。断言します。あなたは国民に愛されているんです」


「……いえ……いえ、そんな事……きっと王に見捨てられた惨めな王妃と言われるに違いないわ……美しく無い、みすぼらしい、見劣りする妃だと……」


 ガクガク怯えだした正妃の痛々しい姿に、常に心無い言葉で傷付けられているのだとセシリアは察した。


 外交や何らかの行事は常に側妃が行っている。意図的に正妃は外されていたのだろう。

 考えてみれば正妃は王宮から殆ど外に出た事が無い。

 新聞で外界を知るだけで国民に慕われている実感もなく、敵だらけの王宮で、功績を正当に評価されてすらいないのだ。


「いいえ、大丈夫ですよ。国民は正妃様がして下さったことをちゃんと知っています。宜しければ、私がいつも訪問している孤児院へいらっしゃいませんか。お一人ではなく、私がご一緒致します」

「……一緒に……?」


 そう言うと、正妃はセシリアの腕の中で震え、むせび泣いた。


「……ハート伯爵令嬢。有難いが、そうすると君が王から不興を買ってしまう。……さあ、会場へ戻るんだ」


 顔を曇らせて言うジリアンに、セシリアは首を振った。


 そうか、と正妃とジリアンのこの扱いの原因に思い至る。

 通常、王や妃には貴族から献上品と称した様々な贅沢品が贈られる。大量の献上品で部屋が豪華に彩られるのが普通なのだが、ジリアン王子や正妃の支持者達すら献上をはばかる程に王の冷遇が根深いのだ。

 夜会など、大勢の前ではまだ取り繕われているが、王の完全な支配下にある王宮内部では正妃とジリアン王子は異物の様に排除されているのだろう。


 アベル王子の友人として接した王の暖かな笑顔の裏を知ったセシリアは身震いしたが、どうせアベル王子と交流する前はどん底に居たのだ。

 ……それにこんなのは遣り切れない。

 

 正妃がセシリアの言った『一緒に』に反応した。……もしかすると、セシリアが想像するよりもずっと正妃は孤立していたのかもしれない。


「正妃様、お約束しましょう。明日か明後日はいかがですか?この時期だと孤児院の庭にライラックが咲き乱れているんです。もうすぐラベンダーとカモミールの花が咲いて、花を集めてポプリを作ってバザーで売るんですよ。一緒に作って下さったら子供達も喜びますわ……」


 泣く正妃の背中をさするセシリアの姿に、ジリアン王子が息を呑む。


「正気か?明日、貴族院にルシアーナの醜聞を報告すれば、僕達を支持していた貴族はあっさり手の平を返す。国民が例え母を慕おうと、貴族の支持を失った僕らと関わっても、君にはひとつも益は無いぞ⁈」


「あっさり身を翻すような人間の選別が出来ますね。そうですわ、もし出掛けるのに正妃様がご心配なら、ジリアン殿下もご一緒しましょう」

「は⁈」


 セシリアの返答に面食らった後、ジリアン王子は怪訝な顔でセシリアに言った。


「……きちんと僕の話を聞いていたか?ハート伯爵令嬢。婚約者に逃げられた王子だぞ、僕は」

「聞いております。殿下の醜聞で我が家の財産が減るわけでもないし、おしゃべりな貴族が多少五月蠅いくらいですわね」


 近年の情勢変化のために貴族達との取引きを縮小し、商人との取引比率を上げたお陰で、万が一貴族側から嫌がらせがあってもダメージは少ない。それがまさかこんな所で役立つとは。


 平然としているセシリアにポカンとしたジリアン王子は、次の瞬間、くっ、と可笑しそうに笑い出した。


「醜聞が分かってから近付いてくる貴族は初めてだ……しかも、見た目と違って酷く頑固だ」


 それは悪口ではないのか?と思ったセシリアだったが、そう言えばジリアン王子の笑い顔を初めて見た事に気付く。


  ――――こんな風に優しく笑うのね――――


 笑うと冷ややかな印象が薄れ、どこか幼い雰囲気になる。

 ジリアン王子の初の笑顔に見惚れていると、王子は優しい雰囲気から一転、皮肉気な笑みを浮かべて言った。


「……その言葉、後悔するなよ?孤児院訪問の誘い、確かに承った。明後日、母上と僕とで君の屋敷に迎えに行く。――明日は王宮内が荒れるだろうからな」


「……嵐が早く収まる事をお祈りします」


 そうだな、と答えたジリアン王子の表情は、まだ少しだけ悲しさを残していたが、その瞳は前を向いて輝きを灯し始めていた。


 



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