交わらない心
「どういうつもりって……何が?」
セシリアの所からベルトラン家のタウンハウスへ帰宅したミラは、夕食の時間に合わせて戻って来たシモンを捕まえて問い質した。
今日セシリアを放って、ハート家の中庭でセシリアの妹と仲睦まじくしていた事を咎めたのだが、シモンは自覚が無いらしく、キョトンと首を傾げている。
「しらばっくれないで。私はこの目で見たのよ。何故セシリアじゃなく、妹と二人きりでいたのよ」
ミラが剣呑な眼で睨むと、シモンは冷や汗をかきながら一歩後ろに下がった。
「怖いよ、ミラ! 何でそんなに怒るのか分からないよ。だって、セシリアから頼まれたんだよ、妹さんの面倒を見てあげてって」
「はあ?」
誤魔化しているのかと思いきや、本気で言っているらしいのに気付いてミラが唖然とする。
「それにセシリアは事業や領地の仕事で忙しいって、いつも執務室に籠るんだ。だから必然的に妹さんと二人になるんだよ。妹さんは療養が終わってタウンハウスにいるけど、何もする事が無くて暇らしいから、手持ち無沙汰で可哀想でしょう?」
出た出た、シモンのお得意、『可哀想』だ。
小鳥が怪我をして可哀想。アンジェリカ達を仲間外れにするなんて可哀想。死にかけた妹さんが寂しそうで可哀想。
ミラは怖くて考えない様にしていたが、もしかしてセシリアの事も、当時の境遇に同情して婚約者になったのではなかろうかと危ぶんでいる。
「会話だって、セシリアを尊敬しているとか、そう言う話が多いんだよ?後は庭の花が咲いたとか、僕のアカデミーの話をするくらいしかないんだけど、すごく喜んでくれるんだ。そう言えば、妹さんはアカデミーに興味あるみたい。彼女はまだ13歳だし、アカデミーに途中入学でもできればいいんだけどな」
「ばっ……!」
無神経な弟の発言に、ミラの髪の毛が逆立つ。
「何てこと言うの!セシリアでさえアカデミーに入れてもらえなかったのよ⁈それを、居候の妹を入れたら……なんて絶対、セシリアの前で言うんじゃないわよ‼」
セシリアは本当はアカデミーに入りたくて、それでも父親の許可が下りなくて泣く泣く断念した。
シモンがアカデミーの話をするたび辛そうにしているのはそのせいで、ミラやシモンの学生生活に憧れていたのだ。
「えっ……セシリアは優しいから、気にしてないと思う。それにもうその話は三人でいる時に言っちゃった。セシリアは『考えておく』ってにっこり笑ってたから、大丈夫じゃないかな?――それよりミラ、妹さんを居候って言うのやめなよ。妹さんも気にしてるみたいで、凄く気を遣ってるんだよ。セシリアは優秀で素晴らしいけど、自分はセシリアの足を引っ張る事しかできないって……いつも嘆いているんだ」
シモンの発言にミラは言葉を無くした。
セシリアは辛い時ほど外部に弱音を吐けない性格をしているのに、何が大丈夫だって?
おまけに、妹が居候なのは事実だ。
保護されて不自由ない暮らしをさせてもらって嘆く?
何か手伝いを申し出るなら可愛げもあるが、セシリアを引き合いに出して、同情を誘うよう仕向けるのは質が悪い。
もし無自覚にやっているんだとしたら、それは単に無神経だと言う事だ。
セシリアは妹を良い人と言っていたが、まだ会ってはいないが、ミラにはそうは思えなかった。
もしかして、アカデミー入学を要求する話の様にセシリアにとって辛い話題を持ち出し、セシリアがその場にいるのが居たたまれなくなって執務室に籠る様になったのでは――とミラは邪推した。
この弟は、人の表面に騙されやすくて、裏に隠された真意を読むのが下手だ。
確かに優しい所はある。
純粋と言えば聞こえはいいが、誰もが善意で行動していると思い込んでいる。
小さなころのシモンはおっとりしていて、天使の様に素直で愛らしく、ミラと父親が甘やかしてしまった。
悪いものを近付けない様に排除し過ぎたためか、いまだに世の中の悪意に疎い。
ミラの父のベルトラン伯爵もシモンの騙されやすさを問題視しており、それでミラが後継者に名乗りを上げた事を歓迎した。
――シモンがこうなったのはミラと父の責任で、完全に誤算だった。
険しい顔のままのミラを見返して、何故そんなにムキになっているんだろう?と、たじろぎながらシモンは早口で言った。
「あのさ、ミラも妹さんに会えば、きっと気が合うと思うんだ。気取らない性格で明るくて、まるで昔、領地にいた頃の友達みたいに話し易いんだよ」
虚を突かれて、ミラは目を見開いた。
そりゃあ、領民の子達もセシリアの妹も平民だから、気安いだろう。
――――だが、シモンが次に口にしたセリフに、ミラは虚を突かれた。
「……何と言うか貴族の人と接する時って、頭を使ったり、礼儀から外れない様にしたり大変でさ。そこまでしてもすぐに揚げ足を取られて笑い者にされる。話についていけなくとも馬鹿にされる。僕はそんなに賢くないから、裏でかなり酷い事を言われてるのが聞こえて来ちゃうんだ」
弱々しく笑って、シモンは口ごもった。
「……セシリアと釣り合ってないって言われてるの、知ってるんだ。彼女の難しい話についていけないし、何か役に立ちたくとも立てなくて。でも、セシリアの妹さんの面倒を見る事で、やっと役に立っている気がするんだよ。……本当はクリストファーみたいな人がセシリアとお似合いなんだろうけど……僕は僕なりに頑張りたいんだ」
「…………そう……シモン、あなたはセシリアが好きなのね?」
「当たり前じゃないか。セシリアは大切な子だよ。ミラもそうでしょう?」
念のために確認したが、シモンは嘘をついていない。
ためらいなく即答したシモンが、真っ直ぐにミラを見つめる。
「…………ええ。そうね、私もセシリアが大好きよ……」
セシリアの妹への過剰な親切をしている自覚が無いシモンに、指摘するのをためらったミラは複雑な胸中を表現できなくて、言葉を飲み込んだ。
一方で、弟が周囲の心無い噂で傷ついている事に、言われてから気付いた。
そう言えば、セシリアには寄り添って来たけれど、きちんとシモンの事を考えた事があっただろうか?
ミラは「不出来な弟」と呼んで、よくシモンの話を聞きもしないで、優しいけれど臆病で優柔不断だと、困った子扱いをずっとしていたではないか。
「――ただ、時々考えてしまうんだ。セシリアは僕の事が本当に好きかな?本当は相応しくないのかも、って。自分と話をしていて楽しいんだろうか?くだらないと思われてないかなって不安になったり。……僕じゃ何の相談にものれない。僕に力が無いから、守ってあげるなんて安易に言えない。セシリアに嫌われたくなくて、話すのが怖くなる時があるんだ。情けないでしょう?小さい時は何も疑問に思わずに傍にいられたのにね。…………ただ一緒にいられた、昔が懐かしいよ」
感情がもつれて、ほどけなくなってきている。
悲し気に自嘲するシモンをミラは責めることが出来ない。
セシリアとシモンの間に大きな亀裂があって、二人ともそれを越えられずにいるのだ。
「――ほら、あまり食堂に行くのが遅いとお父様を待たせちゃうよ。今日はミラが来たから、きっと豪華な料理が出る。……そんな顔しないで、お父様の前では心配させない様に笑おうよ。僕はミラの事も大好きだよ。いつだってそうだ。僕はミラもセシリアも、二人とも大好きなんだから」




