クリストファー
今度は四人が取り囲んでくる。
さすがに危機を感じたセシリアが逃げようとすると「待ちなさいよ!」と一人の令嬢がセシリアの腕をつかんで引き戻した。
「逃がしちゃだめよ!このことは秘密にさせないと……!」
「髪飾りが良いわ。髪飾りを取るのよ」
「いい?あなたは転んでドレスを破ったの。私たちの事は言うんじゃないわよ」
「暴れないでよ……!黙ってれば、髪飾りはいつか返してあげるから」
伸びてくる手をかわして身をよじるセシリアは、手慣れた令嬢たちにゾッとする。
まだ幼い少女なのに、すでに醜悪な行為に慣れ過ぎている。
これが社交界なの?嫌がらせと脅迫を行う事が?
アンジェリカが悠然と見守る中、二人に押さえつけられ、別の令嬢に髪を引っ張られる。
「いっ……痛い!」
「しいっ、静かにしなさいよ!……ちょっと、このひと暴れて手が届かないわ、頭を押さえてくれない?」
「パニエのふくらみが邪魔で、腕を押さえるのも一苦労なの。そのまま髪を引っ張っちゃえば?」
「そうね、力いっぱい引けばいいわよね」
「ーーーー何をしているんだ⁈」
突然少年の声が空気を切り裂いて耳に届き、もみ合う四人がギクリと硬直した。
アンジェリカが、マズい!という顔をして、扇で顔を隠し、急いで声と逆方向へ駆け出す。
三人の令嬢も顔を隠し、身をひるがえして逃走し、拘束から解放されたセシリアは、髪やドレスをボロボロにしたまま、その場にへたり込んだ。
「なんて逃げ足の速いやつらだ……!君、大丈夫?」
素晴らしい足の速さではるか向こうから駆け付けた少年は、地面に膝をつくセシリアを助け起こした。
かろうじて髪飾りは死守したが、斜めに髪からぶら下がって取れかけている。
「だ、大丈夫です。ありがとうございます」
助かった……!
ホッとしたとたん、涙が出て来て、あわてて指で拭う。
「ごめん、大丈夫じゃないね。可哀そうに……手に傷もあるじゃないか。こちらに来るといい。ドレスと髪を直さないと」
少年が手を引いて侯爵邸へ入ろうとする。
ここは、アンジェリカの自宅であるブルック侯爵邸である。
怯えたセシリアが、えっ、とためらうと、少年は安心させるように微笑んだ。
「君、ハート伯爵家のセシリア嬢だよね?僕はクリストファー。クリストファー・ラザルス。ここのブルック侯爵のいとこのラザルス侯爵家の長男だよ。この家はおば様の家だからよく知ってる。使用人も知り合いだから、直してもらおうよ。ねっ」
……クリストファー?この方がクリストファーなの?
セシリアは驚きながらも手を振り払えずに、クリストファーにつれられてブルック侯爵邸に入る事になった。