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棄てられた娘

 「クリストファー、何の話をしていたの?」


 アンジェリカが猫なで声を出して腕に手を絡めようとするのを、クリストファーがさり気なく避ける。


「……地中海の海賊の話だよ。私掠船は解体されたけれど、地中海に新たな海賊が発生していて困ると言う話をしていたんだ。今後はリスク回避のために、貿易船の航路を変更せざるを得なくなるだろうから」

「——そうなの?難しそうなお話ね」


 アンジェリカとルイーゼが首を傾げるが、難しい話で関心はなさそうだ。

 楽しく話していた空気が壊れて、セシリアは溜息を吐く。

 先程まで夢中でお喋りしていた3人が、クリストファーと話すセシリアを邪魔しに来たのは明らかだった。


 シモンにぐいっと腕を引かれて、距離が近くなる。

 明らかに不機嫌なシモンに戸惑いつつ、セシリアは仕方なく口を閉じた。


「クリストファーが最近忙しそうで残念だわ。アカデミーを卒業してからでも事業に関わるのは遅くないでしょう?休みも多いし、放課後はすぐいなくなるし、お茶会や行事にもほとんど出席しなくなったから、顔が見れなくて寂しいわ。エウノミア嬢も寂しがっていたわよ。学生でいる間は、もっと学校生活を楽しんでも良いんじゃないの?侯爵家の事業は順調なんだし」


 つれない態度のクリストファーに、アンジェリカが唇を尖らせる。

 だが、その話を聞いてセシリアは冷や汗をかいた。

 ——アカデミーでは最新の世界情勢を教えてはいないのだろうか?と疑問が浮かぶ。

 やはりと言うか、アンジェリカの話にクリストファーが無言で呆れていたのだが、セシリア以外の3人は全く気付いていない様だった。


「そうですよ!クリストファー様。学生時代は一瞬なんです。今しかできない事を皆と楽しまないといけませんよ……!」


 ルイーゼがアンジェリカに追随して、笑顔で追い打ちをかける。

 シモンも2人を止めないから分かっていないのだろう。

 きっと彼らは新聞を見てはいても、内容が理解できていないのだろう。セシリアは頭痛がしてきそうだった。


 ——ここ数年、平民の商人の富裕層が増加し、一方で昔ながらの貴族が没落して爵位返上する事例が増加しているのだ。


 近年の天候不順と作物の病気で農民が生活できないほど困窮し、それを侮って放置していた領主貴族が、死亡による農民の人口減少と新興国への人口流出を招き、税収を大幅に減少させてしまって、大慌てしている。


 その貴族の弱体化を待っていましたとばかりに、商業富裕層が政治に口を出すようになり、貴族制の廃止を訴える市民団体も出始めた。


 おかげで経済界でも最近は貴族ではなく、ブルジョア層が台頭し始め、これまで貴族に売れていた物とは別の新しい流行が生まれつつあり、その潮目が変わる重大な時期に差し掛かっているのだ。


 だからセシリアも、安価に卸してもらえるようになったダイヤモンドで新たなデザインを考えたり、新興国への売り込みにも力を入れている。

 新規の顧客獲得は重要課題で、市場の売れ筋のリサーチにも余念がない。


 それは生糸や繊維を扱うクリストファーも同様で、さらに先を見ているクリストファーは、新素材開発や機械の開発にも携わり、その成果が出始めているところなのだ。


 ————正直、アカデミーの授業や行事より、正念場を迎えている事業の拡大の方が重要である。

 事業主であるクリストファーの家が没落すれば、従業員として抱えている大勢の領民達が路頭に迷う。そんな事は到底できない。


 もしかすると、今後貴族制自体が廃止される可能性だってある。

 だとしたら、領地収入が失われる事を念頭に事業展開し、経営を盤石にしておかなければならない。


 それを分かっていない発言に、クリストファーとセシリアの間にしらじらした空気が流れた。

 溜息を吐いたクリストファーはアンジェリカ達を見渡し、苦々し気に苦言を呈す。


「……君達は来年アカデミーを卒業する最高学年になるはずですよね?そうすると後はご自分の家を背負って立つ事になります。であれば、世界情勢を把握しておくべきです。改めて言いますが、貴族の本分は領民の生活を守る事です。アカデミーは二の次だと僕は考えています」


 ここまで情勢が読めていないのはマズい。

 セシリアからすれば、クリストファーの発言は親切な忠告だ。

 だが、アンジェリカ達はそう思わなかったらしい。


「……ええ、若くして侯爵の補佐をしているクリストファーは立派だわ。だからまだ社会に出ていない私たちの話が幼く聞こえてしまうのも仕方ないわね」

「私達も頑張って学んでいますわ!卒業したら、社会に貢献できるようにしたいんです!」


 ————話が通じていない。


 鼻白んだ様子のアンジェリカとルイーゼに、クリストファーが匙を投げたのが分かる。

 セシリアも口に出さなかったが、アンジェリカ達の将来が不安になる。

 だがそれを馬鹿にされていると勘違いしたのか、アンジェリカがセシリアの困惑を感じ取ってムッとした。


「何か言いたそうね、セシリア嬢。優秀なあなたの事だから、私達の話がくだらなく思えているんでしょう?」

「いえ、そんな事は……」


 慌てて否定するが、機嫌を損ねたアンジェリカの耳には届かない様だった。


「国王様や側妃様、アベル殿下の覚えもめでたくていらっしゃいますものね。お父上を切り捨てて、妹の惨状も見て見ぬ振りですもの。本当に賢いわ」


 シモンが「アンジェリカ嬢!」と声を荒げる隣で、セシリアはさっと青褪めた。

 ————だが、妹?と聞きとがめ、セシリアが怪訝な面持ちになる。

 

 名前も知らない腹違いの妹は、父親に溺愛されて幸せに暮らしているはず……

 そう思っていたセシリアをアンジェリカがあざ笑った。


「あら、あなたは何でもご存じだから、知ってると思っていたわ。あなたのお父上の妾が2年前に亡くなったんでしょう?それであなたのお父上は子供を引き取るかと思われていたけど、引き取らずに見棄てたそうじゃない。——まあ、仕方ないわよね?平民の血が入った庶子ですもの。ハート伯爵一族からも顧みられず、今は路上暮らしですってよ。本当に姉妹で雲泥の差よねえ」

 

 

 





 

 

*現在、ミラは21歳になり、領地経営の為に領地に滞在することが多く

なっていて、社交界にはあまり参加しなくなっています。

 アベル王子とマリウスは20歳で、国王の仕事の補佐で忙しくしており、

以前の様にセシリアと頻繁に交流することは少なくなっています。

 王太子指名はこじれていて、まだ決定されていません。

 アベル王子の元婚約者、サビナ・リベラ公爵家が翻意し、ジリアン王子の

派閥についたりと大混乱の状態です。

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