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決別と祝福

 「ハート伯爵領は、かなり前から管理人の不正が横行していると噂があったはずだ。これを機に各地の管理人の資産を改めろ。ハート男爵だけでも相当な脱税の疑惑がある。だとすると、ハート伯爵領内全体を見渡せば、かなりな金額に上るはずだ。ーー良いだろうか?セシリア嬢」

「ええ。ぜひお願いします」


 それを狙って、王子と警ら隊を巻き込んだのだ。

 アベル王子がハート伯爵領を訪問するなら、警ら隊が必ず護衛に就く。

 脱税は重罪のため、警ら隊が強制捜査で介入できる。


 だが、証拠がなければ何もできないーーだからセシリアは、各地の管理人への内部告発を重点的に調査するよう、エドワードに指示した。

 今日は使用人から高額なワインの購入や派手なパーティを行うと言う証言を得て、商人がやって来るという時間帯を絞り込み、物的証拠が得られる可能性が高いタイミングを見計らってハート男爵家に乗り込んだのだ。


「こちらが各地の管理人の内部調査結果です。領民や、管理人に仕える使用人、管理人出入りの商人からの告発を元に調査して、疑わしい点を列挙しております。証拠を押さえるまでには至っていませんでしたが、強制捜査されるならこちらを参考にしていただければと。……あと、できれば告発者を秘密にしていただけますか。皆、勇敢な方達ですが、危害など加えられない様にーー」


 用意周到に調査書を差し出したエドワードに、警ら隊長と副隊長は困惑した表情になった。


「了解した。……調査リストは大変助かるが、とんでもなく用意が良いな……それに、これでは、かなりな管理人が粛清されるので、ハート伯爵領が荒れるのではないか?」


 不正が疑われる管理者の数が、領地内36人の管理者の半数近くという驚異の人数になっている。

 こんなに管理人が逮捕される事態は前例がない。懸念を口にした二人に、エドワードは「ご心配なく」と苦笑いを浮かべた。


「首をすげかえる為の次の管理人は、実はもう選定しているのです」

「ーーーーは?」


 エドワードは、警ら隊隊長たちの戸惑いを察しながら、セシリアの方を見た。

 彼は伯爵家からの手紙ーーつまり、セシリアからの指示で、この数か月、不正を行う管理人達への告発をまとめ、秘密裡に告発者たちから不正の証拠に繋がる証言を収集していった。ーーおまけに、管理人を代替えする場合の人選もしていた。

 ただ、証拠品は厳重に隠蔽されていたため、決定的なものはこれまで見付けられ無かったのである。

 

 領主の権限で調査するにしても、一斉に調査しないと、調査の噂を聞いた管理人たちが証拠隠滅する可能性があった。

 そうすると不正がさらに水面下に潜り、手の届かない所へ逃げられてしまう。

 調査できる人手も無く、明らかに後手に回っており、告発をまとめた所でどうしようもないのでは……と思っていたのだが……



 「まさか、王子と警ら隊を引き連れて来るとはーーーーーー」


 今、王族の命令を受けた警ら隊長に、ハート伯爵領の市町村に駐在する警ら隊を、各管理人の家に一斉に送り込む手配が成されている。

 強制捜査の末、疑惑の管理人たちは油断したまま、間違いなく一網打尽にされるだろう。

 ここまでの大捕り物を仕掛けたのが、たった7歳のお嬢様だとはーー呆れと畏怖の混じった複雑な思いを抱え、エドワードはセシリアの方へと歩み寄った。


 アベル王子は警ら隊達に忙しく指示を出しており、ミラお嬢様は、警ら隊が踏み込んで混乱する屋敷から逃げ出してきた使用人達を先導し、庭の一画に集めて彼らを落ち着かせている。

 年齢に関りなく、驚くべき能力を発揮している彼らに驚嘆しながら、マリウス・ミュラー侯爵令息と共に立ち尽くすセシリアの脇で、エドワードは足を止めた。



「……済みません、アベル殿下にここまで大掛かりにご協力いただけるとはーー」

「いえ。殿下にとっては、困窮する国民を救ったと言うイメージアップにつながり、メリットしかありませんから。むしろ殿下に次期国王としての自覚を促す良い刺激になりました。こちらが感謝したいくらいです」


 何とも打算的な会話を交わすセシリアとマリウスに、エドワードはのけぞりそうになったが、マリウスが声を低めて続けた言葉に息を飲んだ。


「ーーーー良いんですか?殿下やミラ嬢は気付いていない様ですがーー今回捕縛される大半が、ハート伯爵家の親戚筋でしょう。不正を見逃せないとセシリア嬢は言っていましたが、お父上との関係が今後、修復不可能なまでに破壊され、伯爵家での立場がさらに悪くなるのではありませんか……⁈」


 彼なりに真剣に心配しているのだろう。焦燥の浮かんだ顔には余裕のなさが滲んでいる。

 指摘されて気付いたエドワードがセシリアを見ると、彼女は決意に満ちた面に揺らがぬ意志をたたえ、真っすぐに背筋を伸ばして言った。


「ーー承知の上です。皆様はご心配なく。父の性質上、怒りの矛先は私だけに向きます。例え父と決別しようとも、私は今回の件を断行したでしょう。多くの領民の命がかかっているのに、今更無いに等しい私の立場など守っても意味がありませんから、喜んで父と敵対しますわ」


 そう言うと、セシリアは見とれるほど美しい礼をして、何事も無かったような綺麗な笑みを浮かべた。


「マリウス様、スコット様。この度はハート伯爵家を正しい道へ修正するのにお力添えいただき、誠に有難うございました。このご恩は決して忘れません。今後、皆様がお困りの際には、必ずや、このご恩をお返しすることを誓います」



 一見、守られるだけのお人形の様なのに、この華奢で小さな体を貫く鮮やかな強さに、ハッとさせられる。マリウスは目を奪われて呆然としていたが、エドワードは伯爵家で今後何が起こるかを察して胸が痛んだ。

 ーーーー本来なら、親に甘えていられる年齢なのに、この小さい少女には伯爵家でそれが許されていないのだーーーー


 ーーだが、この少女の犠牲で命拾いする大勢の領民がいる。

 明日の食事にすら困窮する人々に、希望を繋いでやれる。


「……なに子供らしくない言い方してんですか。俺としちゃ、やっと仕事が全う出来て、大大感謝感激ってやつですよ。お嬢様のお陰で何人もの領民が救われるんだ、俺が褒めてあげますよ……!」



 言うなり、エドワードがセシリアの頭に手をやり、容赦なく撫でまくる。


「な、何してるんだ⁈ミスター・スコット……!」


 マリウスが止めようと慌てるが、当のセシリアは、髪の毛がボサボサになりながらも、目を丸くして撫でられるがままになっている。


「ハート伯爵領民代表で言いますよ。お嬢様偉い……!よくやりました……!」



 この少女に、きっと領民たちはとても感謝するだろう。だから、父親に傷つけられても、家に居場所がなかろうとも、味方は必ず居るよと、少しでもお嬢様に思いがが伝わりますように、どうか神様がいるなら、お嬢様をお守りくださいますようにーーーーーー!




 



 

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