敵対者
アンジェリカの険しい表情や、周囲のにやにや笑う令嬢の顔からも、呼び止められたのが良い話でないのは明らかだった。
どうしよう、と思うが、人気のない方へ歩いて来たせいもあり、周りに他の人達がいない。
足がすくんでいると、どん!とアンジェリカがセシリアの胸を突いた。
「……あなた、ちょっと評判がいいからって、いい気にならないでよ。たかが伯爵家のくせに」
よろめいて呆然とアンジェリカを見返すと、名前も知らない令嬢たちが同調する。
「そうよ、生意気だわ」
「あなたなんか、家柄でもアンジェリカ様にかなわないんだから」
「クリストファー様の婚約者には、アンジェリカ様がふさわしいわ」
クリストファー?
訳が分からず無言でいると、アンジェリカが蔑む様な目つきで肩を竦めた。
「ねえ、何なのこの子?さっきから喋らないじゃない。口がきけないのかしら?お茶を飲んでいる時も、あなたの母親ばかりうるさく喋っていて、あなたはボーッとしてたわね。噂では賢いとか言われていたけど、逆なのではなくて?」
「そういえば、この方、他のお茶会でもほとんど喋らないんですのよ」
「私も他のお茶会で見ました。皆がお話する中、置物みたいに黙ってますのよ。変なひとと思ってましたわ」
……だって、何を話せばいいのかわからないのだ。
セシリアはうな垂れた。
皆が好きな事を話すけれど、セシリアは勉強以外の話ができない。
刺繡や詩歌は母親に言われてこなしているが、母が許可しないものはできないから、楽しくないし、楽しいものを知らない。
セシリアは空っぽだ。
「聞いてますの?何とか言ったらどう?」
一人の令嬢に強く肩を押されて、セシリアはすぐ脇に生えていたコニファーの生垣にぶつかった。
上げた手の甲を刈り込まれた枝の切っ先がえぐり、うっ、と呻いてセシリアは傷を押さえた。
「あら、やっと口をきいたわ」
アンジェリカが馬鹿にした口調で言う。
「……何のご用ですか?」
セシリアが重い口を開くと、アンジェリカはギリッと眉を吊り上げた。
「そうやって澄ました顔が気に入らないの。褒められて思いあがってるんでしょう?大人たちにちやほやされて、私達とは喋りたくないわけ?ずいぶんと偉そうね」
「そうよ、お母様にあなたと比べられてウンザリしてるんだから。ろくに喋れないお馬鹿さんなら、お馬鹿さんらしくしてなさいよ」
どん!とまた別の令嬢に押されて、セシリアは生垣に倒れ込んだ。
メキメキと音がして細枝が折れ、ドレスに突き刺さり、セシリアは青ざめた。
引き抜こうとすると、枝が引っ掛かって布地がさらに破れてしまう。
膨らんだスカートにはたくさんの繊細なレースがついていて、絡んだ枝ともつれてビリビリに破け、糸がほつれ、見るも無残にぶら下がった。
こんな格好ではみんなの前に戻れない。
慌てるセシリアを令嬢たちはあざ笑った。
「やだ、ドレスがボロになっちゃったわ。恥ずかしくてパーティーに戻れないんじゃなくて?」
「うふふ、みっともない。さっさとお帰りになったらどう?」
「あらあら、セシリア様がそそっかしいので、ドレスをダメにしてしまいましたわね。ボーッとしていちゃダメじゃありませんか」
「賢いどころか、ぼんやり令嬢じゃない。今度からぼんやり令嬢って呼ぼうかしら。ぼんやり令嬢にはボロがお似合いですわよ。そのまま歩いて帰ったら?」




