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マリウス・ミュラー公爵邸

 セシリアは、ぞろぞろと現れた7人を複雑な気持ちで眺めていた。


 (ーーーー本当に大勢で、アベル王子と自分を捜しに来たわ)


 アベル王子が言った通りの結果に、動揺を隠せない。

 呆然としていたセシリアの手をミラがそっと取り、「大丈夫よ」と声を掛けてくれる。

 そこでやっと額に浮いた冷や汗を拭い、セシリアは大きく息を吐くことが出来た。


 *


 「ずいぶん、厄介な事に巻き込んでくれたわね」


 ーーーーあれから一時間後、セシリアはミラと一緒に、ミュラー公爵家の応接間に招かれていた。

 セシリア、ミラ、マリウスの3人は、あの騒動の後、狩りから戻って来た人達の混雑に乗じて狐狩り会場から脱出していた。

 狩りに参加しているアベル王子やシモン達は、もちろん、まだ会場にいて行事を続行中である。

 狐狩りは午前の部が一段落し、今頃はランチの時間だろう。 


 セシリアとミラ、マリウスが座るソファのテーブルの上にもサンドイッチやスコーンなどの軽食が所狭しと並べられており、遠慮なくマルベリージャムをたっぷり乗せたスコーンを口にしながら、ミラがマリウスを睨んで頬を膨らませた。


「申し訳ありません。アベル王子の敵を炙り出すために使わせてもらいました」


 堂々と悪びれずに謝罪するマリウスに、ミラが切れる。


「反省の色が見えませんよ……⁈セシリアを巻き込んで何してくれてるの!あなただけでなく、アベル王子からもセシリアへの謝罪を要求するわ。ちゃんと誠意ある態度を見せて下さいよ。そうでないと許しませんからね!」


 怖気づく事なく、身分が上のマリウスに平然と噛みつくミラを見て、マリウスは面白そうに吹き出した。


「……令嬢から凄まれたのは初めての経験ですよ。肝が据わっていて面白い方ですね、ミラ嬢は」

「笑い事じゃありませんっ!」


 ーーーーそう。

  今回、何も知らされずに、セシリアとミラはこの計画に組み込まれてしまっていた。

 "狩りに参加して欲しい"と言う手紙だけでとんでもない事に巻き込まれていたらしい。

 

 セシリアが監禁されていた時、やって来たのはアベル王子だったが、何とその後ろにマリウスとミラも引き連れていて目が点になった。


 ミラはと言うと、自宅にいた所をマリウスに「セシリア嬢の危機です!」と煽られ、急いで彼について来たらしい。

 山小屋で出会えたセシリアとミラは喜んだが、何故山小屋へ連れてこられたのかが意味不明で混乱していた。

 アベル王子とマリウスに説明を求めたら、「恐らく、すぐに大勢の人間が捜しに来るから、話を合わせてくれ」と言われて、訳も分からずその通りにしたが、それについてマリウスに現在、説明を受けているのだ。


「ご存じかと思いますが、貴族のアベル王子派とジリアン王子派で次期国王の後継争いが勃発しています」


 恐らく、セシリアが知らない所で相当苦労しているのだろう。

 マリウスがうんざりした様子で説明する。


「実は、後継者指名に際して、それぞれの王子を指名させるべく貴族たちが暗躍しておりまして。水面下で相手を陥れようと様々な勢力が画策しており、こちらもジリアン派の動向を探っていたのですが、そこで彼らがセシリア嬢を利用してアベル王子のスキャンダルを捏造しようとしていると言うネタを攫んだのです」


「えっ⁈」


 セシリアとミラが顔を見合わせる。


「それで私に狩りに参加する様、手紙を寄こしたんですか……?」


 まさかそんな話とは思わず従ってしまった。

 大体、アベル王子とセシリアにはこれまで接点がないのに、どうしてそんな話になっているのだろうか?

 

「……ええと、言い難いのですが……」


 セシリアとミラの視線を避ける様に、マリウスが手元のティーカップに視線を落とした。


「ーーーー友人だと思っていたレオ・アンダーソンが、そう仕向けていた様なんです。セシリア嬢に関心があったアベル王子や僕達を煽って言論誘導していた事、周囲にも吹聴して回っていた事がこれまでに分かっています」

「……セシリアを愛人にするとか、秘密の恋人にするとかいう話でしょ?」


 ズバッとミラが指摘すると、肝心な部分を濁そうとしていたマリウスが言葉を詰まらせる。


「アカデミーで裏で噂になっているわよ。レオ様がわざと流していたのかもしれないけど、アベル王子が婚約解消された原因が、セシリアを秘密の恋人にして、サビナ嬢と二股するつもりでいたのがバレたからだとね。けど、実際にアベル王子やあなた達がレオ様の言葉に乗っていたんじゃないの?だから真実味があって、皆が信じたんだわ」


 畳みかける様に言うミラに、痛い所を突かれてマリウスが唇を噛む。

 セシリアはそんな大事になっていたのを初めて知り、唖然としてしまった。


「……我々の軽率な行いが招いた事は否定しません。それでサビナ嬢との婚約が解消され、アベル王子は有力な後ろ盾を失い、王子の名を貶める事になりました」

「いいお友達をお持ちだこと」


 ミラが皮肉を口にする。


「それで、今回も無関係なセシリアを囮にしたと。本当に反省してますの?」


 追い詰めようとするミラに苦笑して、セシリアは聞きたかった質問をした。


「……今回、私が山小屋へ連れて行かれたのは何故ですか?もしかして、あのアベル王子と私を捜索に来た人たちの中に、アベル王子の敵がいると言う事になるのですか?」


 セシリアとアベル王子のスキャンダルと言って思いつくのは、山小屋での逢引きだろう。

 予想通り、マリウスは「ええ」と肯定した。


「敵は、セシリア嬢とアベル王子の密会をでっち上げて複数の目撃者を作り、再び噂を広める筋書きだった様です。恐らく、今後、有力貴族とアベル王子が縁組するのを阻むつもりなんでしょう。レオが狩りの日にセシリア嬢と密会するよう、しきりに勧めて来たので、何か目的があるなと気付きました。そして、恐らくレオに共犯者がいるはずだと推測したんです。だって、密会を目撃されないと意味がありませんからね。そこで、誰が来るか待ち受けたと言う訳です」

「……そこで、7人がやって来た、と」


 ミラが真顔になる。


「あの時、アンジェリカが私に向かって『何故、ここにいるのか』尋ねたわね。じゃあ、怪しい人間の筆頭はアンジェリカだわ」

「ご明察です」


 マリウスは頷いた。


「あの場で怪しい素振りをしていたのは、レオ、アンジェリカ嬢、ルイーゼ嬢の3人です」

「……つまり、その3人がジリアン王子派だと」

「恐らく」


 二人の会話を聞いていたセシリアは、眉をひそめた。


「……でも、私が山小屋に拉致された時、多分、お茶に睡眠薬が仕込まれていたと思うんですが、私の近くにアンジェリカ嬢たちどころか、メイドも誰も近付いてきませんでしたし、薬を入れたとすると、初めから運ばれて来た紅茶に入れるしかありません」


 王室主催の行事なので、給仕は普段王宮に勤めている者が駆り出される。

 アンジェリカが睡眠薬をセシリアの紅茶に入れる様に、給仕を買収したのだろうか?

 ーーしかし、王室主催の行事で醜聞を起こせば、王室の面子に泥を被せることになる。

 わざわざ王室主催行事で、リスクの高い行動をとるだろうか?


「奇妙なのは、人前で睡眠薬で眠った私を運べば、大勢の令嬢たちが異常に気付くと思うんです。けれど、騒ぎになっていない。どうやって私を運んだのでしょうか?まさか、マリウス様が山小屋まで運んだわけではありませんよね?」

「もちろん、僕ではありません。僕は、レオを出し抜いて、密会にならないように山小屋にミラ嬢を連れて行く役目がありましたから」

「……まあ、確かに、セシリア1人と殿方2人で密室にいるという構図もマズいから仕方ないけど、私を連れて来るつもりでいたなら、事前に知らせてくれればよかったのに」


 屋敷にいた所を突然連れ出されたミラが、不満をあらわにする。


「申し訳ありません。あなたに事前にお知らせしておくと、セシリア嬢に、危険だからキツネ狩りに行かない様、説得されるかと思いまして……」

「当たり前でしょ。こちらにメリットも無いのに、何故、危険な目に合わなきゃならないのよ……!」


 アベル王子達は敵を確認するのに、焦っていたのだろう。

 強引な手を取らなければ、誰が敵か判別できなかったのだ。


「ーーそれにしても、セシリアに睡眠薬を盛って運んだのは誰なの?マリウス様は見当がついているのではないの?」


 疑いの眼差しを向けたミラに、マリウスが溜息を吐く。


「ーーーーアベル王子と、一番敵対している方があの場にはいますから。だから、狐狩りの行事中を狙ったんですよ」


 マリウスの言葉に、セシリアとミラは、一体誰の事だろう?と疑問に思った。


「……ジリアン王子が狩りに参加していたけど、もしかして彼が手下を使ったと言う事ですか?」


 まだ幼いが、ライバルの兄を蹴落とそうと画策しているのか、と驚いところでマリウスが首を振る。



「あの幼稚なジリアン王子など、まだアベル王子の敵ではありませんよ。ーーーーもっと凶悪なのがあそこには居ましたでしょう?」


 ふっ、と冷笑してマリウスは忌々し気に口にした。


「ーーーー正妃ですよーーーー正妃がセシリア嬢を利用しようと考え、様々な貴族を操り、策謀を巡らす元凶です。王室主催のお茶会の会場で、セシリア嬢に睡眠薬を盛り、かつ皆に怪しまれないように運び出すなど、全てが手配できるのは正妃だけです。皆は、あの優し気な表の顔に騙されますが、裏の顔は全く違いますよ」



 ………………セシリアとミラが、ショックを受ける。


 何故なら、正妃様は慈悲深く、毎年の孤児院訪問を欠かさず、天災の時は必ず手を差し伸べて下さり、国民の意見に耳を傾けるーー国民の事を常に考える、慈愛の聖母の様な方だとーーそう思っていたからであった。





 

 




 

 


 


 

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